読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『無』の思想について 京都大学大学院 人間・環境学研究科教授 佐伯啓思(西部邁ゼミナール

『無』の思想について 
京都大学大学院 人間・環境学研究科教授 佐伯啓思西部邁ゼミナール)

Nothingness 、つまり『無』の思想
西田幾多郎の『西田哲学』を講究

危機の時代にあって、既成の価値観が大きく揺らぐ時に「価値の根源を人間の真理と生理の深みにおいて把握する」それが西田哲学の基本姿勢である、と西部邁談。

ありきたりの価値にNon(※〜ではない、否定)を差し向けたときに、人間の生き方についての「どんな動かざる基準が探り当てられるのか」


ところで、どうして佐伯先生は、この数年かな?『西田哲学』に・・・(ムック誌の)『新調45』か。ずっと連載して、ぜんぶ読ませていただいて、説得力のある文章なのね。ご自分のことも含めて説明してみて。

僕は奈良に生まれ育ちまして、奈良という土地はお寺が多いし、それから仏教的なものがわりと近くにあったというかんじがするんです。或いは、万葉集もあります。そういうようなものに、なんとなく昔から薄ぼんやりと関心はあったのだけども、ずっと正面からそれを見据えることは無かったんです。

昔のことを振り返ってみると、わりと高校の頃から、こういう【無】というものに対して、なんとなく関心があったような気がするんです。『この世の中 どこかむなしいなぁ、なんか儚いなぁ』なんか充実して異常に楽しいことをやるというよりも、むしろどちらかと言えば『苦しい生』というものが、『生きるというものが苦しい方へ傾いて』いって、その『苦しいのをどうやってうまくやり過ごすか、というのが人生だろう』というかんじが昔からあったような気がしたんです。

西田幾多郎】という人はまさにそういう問題意識を持ちながら、自分の人生を、そうとう苦しい人生をやりくりして、それを哲学にまで高めた。ちょっと西田を、死ぬまでには一度、ちゃんと勉強してみようと。

(※西田幾多郎:1870年(明治3)~1945年、『京都学派』の創始者、代表作は哲学書『善の研究』(1911、明治44年刊)▷『純粋経験と実在』について)

そうか。

お釈迦様以来、人間の「欲」があって、欲があると結局人間は、例えば、幾ら金を貯めても、まだ「足りない」といった「苦しみ」が出てくる。幾ら女遊びをしても、もっといい女はいないか、という苦しみが。

従って、この「苦しみ」が続くと自分の生きていること自体が【虚】しくなる。

従って、「欲を断つ」というのが【悟】るということだ。そんな感じのことを言うよね。そういうこととは違うの?

うん、あの決して別のことではないと思います。翻って考えてみると、現代社会というのは本当に「それぞれの人が自分の欲をどれだけ満たすことができるか」というのが人生の充実だと。そういう考えが強いですよね。

「自由」だとか、それから「市場経済」だとか「幸福の追求の権利」であるとか、そういう人間の『権利』という風にしてしまって、そういう権利がどんどんどんどん「肥大化」していって、それで皆が「欲を爆発」させて、その結果として、お互い『相争い』もあるし、それから『嫉妬』もするし、なんかそういう非常に《窮屈な社会》になってしまった。

以外と、近代社会というのは、その根本に「何か困った価値観」を持っているんじゃないかという気がするんです。

身近な例で言うと、『原発』『原子力発電』ね。あれは「もっとたくさんのものを、もっと効率的に作りたい」というエネルギー供給をして、ところが、バーンと原子炉が溶融したり、なんだするでしょう?すると「原発反対!」と。で、元首相まで出てきて言ってるわけさ。

ところが、その人たちの意見を聞いてると、「自分はもっと良い環境が欲しい」と。「原発は嫌だ。石炭を燃やせ!」というと、炭酸ガス地球温暖化でもっと悪くなりましたとかね。この【欲】に拘っている限り(※この場合は、原発反対派の「自分はもっと良い環境が欲しい」んだという欲のこと)、結局は《苦しみから逃れられない》ということ。そのことを悟らずに、いろんな政策論が言われているということは、(それらの事を)含んでたぶん佐伯先生は、こんなこと、この21世紀はそういう風などうしょもないラット・レース、ネズミが輪っかの中で一生懸命にぐるぐる追っかけ、永遠にクルクル回っているような、『そこから逃れるための切り口は何か!?』と。

そうねぇ。

『無』

(笑)

でもさ、『欲』って言うけど、死んでない限り、生きているだろう。

そうなんですね。

生きてると『欲』といえば言い過ぎかもしれないけど、何か『選ぶ』でしょう。例えば、貴方も俺も忘れたけどさ、「この女性を選ぶか?あの女性を選ぶか?」とか「あの大学、この大学」とかね。「生きる」ということは「何かを選んで、何かを捨てること」だよね。それもやっぱり『欲』だよね。

そうですねぇ。ただ、その場合にちょっと話が複雑になるかもしれないけども、『選ぶ』という、こちらに『選ぶ私』がいて、「俺が選んでいる。俺がこのジュースか、(もう一方の)どちらかを飲みたい。それを選んでいるんだ」と。その『私』というものが『選んでいる』と考えてしまうと、これは厄介なんですね。

「こちらを選んだけど、これはちょっとまずかったんじゃないか、失敗だったんじゃないか、あちらを選んでおけば良かったんじゃないか」そういう風に思うじゃないですか。だけど、私が選んでいると思わなければ、『選んでしまっているんだ。選ばされてしまったんだ、何者かによって』という風に考えてしまった方が【楽】なんじゃないでしょうか。^

「楽」か「苦しみ」かはともかく、西田幾多郎に戻るけども、こんな風に解釈してはいけない?

あの方が活躍した時代というのは、日本国家がほとんど、選んだとか何かというより、確かに【歴史の歯車の動く必然】としてね、例えば「対米戦争」、あの時代の大戦争へと入っていくと。何かあの時代の動きにはさ、延々と19世紀から、ある【必然】、【運命】と言ってもいいけど、何か『必然』のことがあるよね。『必然』というのは、『選ぶ』ということとはちょっと違う。何かを選んでいるのだけども、「アメリカに戦争をしかける」と選んでいるのだけども、『選ばざるべからず』というか、他に何の方途も見つからないという意味においては、実は《一つしか選択肢が無い》、一つしか選択肢が無ければ、【それは選択とは言わない】もんね。(つまり)必然でしょう。

あの時代はね、確かに日本人たちは、何か如何ともし難い動きの中で、簡単に言うと、日本国家が『滅び』に向かうと言うね。【「滅びを選択せざるべからず」】という、そういう時代に生まれた哲学(※西田哲学)ってこと?

そうですねぇ。それは、随分あると思います。

今の時代も、最初に話が出たように「自由というものが決定的な価値」になってしまって、どの国もどの人も「自分の自由を拡大」したい。そうすると、それが行き着いたところが、この【グローバル競争】になってしまったわけですよね。ありとあらゆるところから、果てはアフリカまで出かけていって「資源」を獲って来て、『俺の国の方が、中国よりももっと豊かに、韓国よりも豊かになりたい』こういう話になっているわけでしょう。だから「アベノミクス」なんかも、そういう流れで出てきているわけですね。

その『行き着くところ』というのはどうなるかというと、やはり、『非常に深刻なそれぞれの国の、自分たちの「自衛」という名目で、他の国とかなり激しい軋轢を経験することになるだろう』と思いますね。それは、広い意味で【帝国主義】と言っていいと思うのですが、それと「ほぼ同じ状況」が、《あの1920年代、30年代》に出来上がってきて、でその時に日本は、そこへいったい入るのか、どうやって入るのか、入るとしたら何を携えて入るのか、非常に大きな課題だった。

で、それは当時の【近衛文麿】はじめとして、政治家ももちろん考えて、近衛文麿の場合は『英米本位のこの世界秩序をとにかく壊すんだ』と。『これを脱し、別の秩序を我々がつくるんだ』と、そういう風に彼は言った。

で、いずれにしても、そこで何か【価値観】を持ってこないとしょうがなかったわけですね。その『価値の軸』になるものを、いったい何にするかというのが、まぁ一つは、西田(西田幾多郎)は直接その問題を扱ったわけではないのですが、結果として、西田の弟子たちも含めて、【京都学派】と言われる人たちが、その問題を扱うことになりますね。

やはり、日本人が【あの必然的にあの状況に入らざるを得ない】、入る時に、《日本人が、これを日本として打ち出すべき価値はいったい何なのか?》という、こういう問題ですよね。

なるほどね。ということはこうか。先ほどの話にくっつけて言うと、「私が選んでいるなどと考えると、果てしない苦しみ、果てしないいさかいに巻き込まれるだけのことだ」と。「私は何かを選んでいるけども、私を超えた何者かの要求があるんだ」と考えて、その「何者かは何か?」と考えたら、一応、私、佐伯がいて、西部がいるのだけども、麻子もいるのだけども、『この私たちの根源にある、私たちの存在を支えている、例えば、真理なら真理。究極の真理とかいうものは、いったい何であるか?』このことを問い詰めようと、これをある程度、問い詰めることができたとしたら、自分たちが何か、『選択せざるべからず』『必然といって選んでいることの意味』も、どうにかそれで納得することができるという、そういうこと?

そうです。基本的にそういうことです。

西田が一方では哲学者として、純粋に哲学的関心として、『この世の中の究極的実在は何か』ということを問題にしていますけども、他方で言うと、「日本がこの状況の中で携えるべきもの」を考えた場合に、『日本人にとっての究極的実在とはいったい何か』という風に考えればよいのかという場合に、そういう問題意識はあったと思いますね。

そこで面白いのは、西田はその立場は少しずつ変わってきますが、いわゆる【善の研究】(※1911年刊)といういちばん有名なものを、

(小林麻子に向かって)座禅の「禅」じゃない方のね。「善」ね。

(小林麻子に向けて)善き者の「善」ね。善き者の研究。(笑)

これは1912年か、3年だったか、その後、彼は長い間沈黙をしていて、少しずつ「その立場」を深めていく。戦争が近づいてくると、やはりだいぶ彼の考え方が変わってきますね。マルクスの影響だとか、そういうものを受けて、いろいろ変わってくる。

『人間というものは、すべて【歴史】の中で生まれて、【歴史】の中で死んでいく。それだけだ。』と。それ以外のものは何も無い。与えられた現実の中で、【歴史的現実】の中で、そこで生まれるのだけれども、その【歴史】によって、自分はつくられて、そのつくる自分がまた【歴史】に働きかけて、そういうことを永遠と繰り返しているだけだというのが、彼(西田幾多郎)の基本的な考え方になってくる。

西田の意見に賛成しないわけじゃないけれども、『正し過ぎる意見』ような気もする。

(笑)

何が言いたいかというとね、いわゆる【状況】というものがあるでしょう。

ええ。

【歴史】は常に「一回限りのもの」としてあって、第二次世界大戦は、第一次とも違うし、クリミア戦争とも違うし、全く違うわけでもないんだね。そうとう類同、形が似ていると言えば似ているのだけれども、やっぱり貴方(佐伯啓思)だって、僕だって、どこかである時に、お袋のお腹からピョンと頼みもしないのに勝手に生まれて(笑)、貴方は奈良(出身)か。いいよ、奈良は。(自分は)札幌だぜ、あの時代の。これは貴方の【状況】と違うでしょう?

違いますね、はい。

そしたら、この【状況】の中で、人間は究極の実在、真理を考えるのだけど、依然として、この状況の中で人間は、『これも歴史だ』と言って始末させられないね。

いやー、それを、そういうことも含めて、【歴史的現実】という言葉を(西田幾多郎は)使っているんだと思いますよ。

そうか。

だから、そういう意味では、徹底した【現実主義者】というか【状況主義者】なんですよ。

なるほどなぁ。

『その状況しかない』と。だから状況をまずぜんぶ受け止めて、それはもう受け止めないとしょうがないんです。先ほどの「奈良に生まれた」のとか(笑)「ここまで来て、こんな人生やめました」なんていうわけにはいかない。それは受け止めないとしょうがない。

だけど、受け止めるのだけども、それを受け止めれば、同時にそこから何か『次のステップ』に行くわけですよ。

仰る通り。

そこは、それは『選択の問題じゃない』んです。

違うなぁ。

ええ。ほとんど何か、体の「身体的反応」というか、ほとんど人間ならごく自然にやるようなことをやってしまう、というふうなことが何かあるだろう。そういう感じですね。それを【行為的直観】というような言い方しますけどもね。

行為は、アクションのほうね。

アクション。アクションしてしまうんだと、人間は。それがまた『次のもの』を生み出す。それが【歴史】をつくる。結果として。だから「歴史」に目的も何もない、もちろんね。ましてやアメリカのように「歴史は自由を求めて我々は戦っているんだ」って、そんなものは何もないんです。何もないけども、『何か歴史は出来上がってくる』、それはその時に受け止めて、受け止めたものをベースにして、何かアクションを大きくしてしまうかですよね。

あぁ、そうだね。

それが、正し過ぎると言われれば、仰る通りだと思います。

(笑)

オルテガ】というスペインの哲学者がある時にね、『イギリス人は、自由主義は真の歴史主義であることを発見した最初の民族だ』みたいな、いや逆かもしれない『真の歴史主義が、真の自由主義だ』と。つまり(※西田哲学のにおける)【行為的直観】、行為ですから、それ自体表面を見れば【自由】なわけよね。でもね、それを、この何か選ぶことをもたらしているのは、【歴史】という【状況】の動きの最先端、【流れ】の最先端に今自分がいるだけのことであって、だから『自由主義と歴史主義というのは表裏一体』だということを、彼(※オルテガ)独特のレトリックでね。

そうですね。ただ、オルテガなんかもやはりそうだけど、西洋の思想家が【自由】と言った時には、やっぱりその「自由の主体」ってものが想定されていますよ。

そういう問題だね。

だけど、西田の場合には、自分をその場合に【行為】する時に、『自分を捨ててしまっている』と。『自分というものをできるだけ【無】にしてしまっている』というふうにやっぱり考えるんですよね。で、あるいはそうすべきであると。で、【無私】、『私というものをできるだけ捨てる』と。というより『人間というのを捨てているはずだ』というふうに言うわけですよ、本当に【行為】する時は。

『行為そのものが【直観】であり、そのこと自身が世界に対する【認識】になっている』と。

でもそれ、また僕に言わせると「正し過ぎる」ような気がするんだけどね。

この【直観】を、僕は、例えば「神風特攻隊員」に志願する、という実践ね。これは僕の【行為的直観】として。しかもあの時代、1943年にしましょうか。これはあの時のほとんどの青年の抱えた【必然のこと】として、南太平洋で上空3000メートルから、アメリカ軍の黒々とした敵艦に向けて急降下で、、そういいうことは分かるの。でもね、僕が言いたいのは、この行為的直観というのは、これでいいのだけれども、この時に【状況】というもののある【Integrity インテグリティ=全体性、統合性】ね。

例えばあの神風特攻でも大東亜戦争でもいいんだけど、あの「大戦争という状況」はね、ある種の Integral な、総合的な、日本の歴史だとか、文化だとか、男女関係だとか、親子関係だとか、金銭関係だとか、様々なものがインテグラルに、もちろん外交関係も含めて、状況の中に丸ごと、状況という坩堝(るつぼ)の中に、ありとあらゆる要素がインテグラルに、統合的に放り込まれているということならば、ある種、こう言って『全体性を引き受けるということは、歴史を引き受けること』で、これを引き受けるのは【直観】として、紛れもない直観として『俺は神風特攻機に乗る』ということになってくるのね。

僕は自分の不幸な感覚というのは、「ぜひ神風特攻隊になりたかった」なぁ。もっと言うと『そういう状況にあってみたかった』ってね。戦後ね、ぐだぐだぐだぐだ68年も経っているけど『何一つそういう行為的直観の中に、究極の真理とか、状況の全体性とかね、そういうものがウワッと感じるような、そういう状況が来ない』と。たかだか東大で月給貰ってるとかさ、たかだか何とかの雑誌に原稿頼まれたとかさ、どうも行為的直観を必要としないようなね(笑)そういうふうに非常に断片的なそういうことが延々と続くわけさ。

そのうちに新自由主義者が「マーケットで行け!」とかさ、誰それが「ITを使えばうまく行く」とかさ、そういう与太話がどんどん増えてくる。

西田の【善の研究】ってね、Goodness の『善の研究』で提出した一番有名な言葉が【純粋経験】って言葉で。この純粋経験というのは西田哲学を語れば必ず出てくる。

『全ての実在の根底にあるのは、純粋経験である』と。いろんなものを考える理性、思惟、それから分析、そんなものがその後から全部出てくるというのが、西田の基本的な考え方。

そうだね。

純粋経験】というのは、例えば、3月の終わりぐらいに家から出て、ちょっと出て公園に行くと桜が一気にぜんぶ咲いている。それを見た時に、僕は最近あんまりそうだとは思いませんが(笑)仮に圧倒された。その時に我を忘れて「桜と一体になったような感覚」を味わいますね。その時に、桜というものの中に、それこそ先生(西部邁)が仰った「全体」があるわけです。つまり、生きているということもあれば、桜が散ってしまって何も無くなってしまった、その寂しさ、儚さみたいなものも、そこにあるし、それから美しさもあるし、ある種の醜さもあるし、桜の下には死体が埋まっているのではないかみたいなね(笑)そういう安吾(※坂口安吾桜の森の満開の下』)みたいなものもありますし、つまり、『日本人の伝統的な感覚』もあれば、桜というものの中に『全体性』があるわけですよね。その『全体性を一気に感じ取れるようなこと』を彼(西田幾多郎)は【純粋経験】というふうに言ってるわけですよね。

あの当時、若者たちにものすごくウケたわけです、そういう感じがね。それは彼らは『切迫した時代状況』ですから、【生と死がほとんど重なり合っている】し、家族、それから恋人だとか、なんとかそういうものが、自分の一瞬の、次の瞬間にはどうなっているのかわからない、その関係がね。

簡単に言うと、私を無私。私を虚しくして神風特攻機に乗ることが可能になったってことね?わかりやすい意味で言えばね。

そうですね。そういうことですね。

もしもこの【純粋経験】が、英語を使う必要もないけど、Complex=複合体、簡単な例で言うと、僕が麻子ちゃん(小林麻子)見た時に、感情で言うと、喜怒哀楽ね。「あら、久しぶりに会えて喜ばしいな」、「なんで呑気な顔してという怒りも感じる」し、哀は「なんでこんな時代に生まれて若くて可哀想」になって哀しむとかさ、「まぁ、たまに女性にあって雑談できれば楽しい」とか、例えばそんなふうにして【経験】というのがさ、西田さん(西田幾多郎)の場合は、何か単一のものに、シンプレックスってのかな、それに集約、縮約されていくと感じていた、きらいがあるんじゃないのかな。

あのね、こっから先が西田哲学の難しいところだと思うのですが、僕はいま桜の例を話しましたが、これはかなり突出した例なんですよね。だけど、西田が本当に言っているのは、『我々はそういうことをいつもやっている』ということを言っているのです。

我々の目の前に(グラスに注がれた)水がある。見た瞬間に、飲みたい、喉が渇いているような気がする。飲んだ後のスッキリ感もどこかで想像している。そういうことを想像した時に、「あぁ〜今、本当にこれを、そう言えば今喉が渇いていたなぁ」と感じる。この(グラスに注がれた)水を見て、水を手に取るというこういう日常的な行為全てが【純粋経験】だと実は言っているんですよ。

あぁ、それはわかる。

ですから、そういう意味ではちょっと逆に『純粋経験ということが意味を持たなくなってしまう』んです。全てが、こうやって僕が動作をしていることも、これも見ようによっては純粋経験

僕が言いたかったことは、Complex、複合で言いたかったことは、もしも人間の感覚でも、真理でも、あれ認識でもいいんだけども、それがある種の【構造】を、喜怒哀楽というふうに言ったのだけど、何かこう単純なものじゃなくて、東西南北、四方にそれを感じる時があるよ。

例えば、僕の親父が死ぬ時にね、数日間、親不孝の数々だったから、格好つけて看病してて、いよいよ最期の死の苦悶の時に、親父の目がグーっと見開かれて、それで息が絶えた時に、人間の神経が通わなくなった瞬間に、自分の父親の目が『人工の硝子玉』に変じていく時ね、ものすごく美しく感じた、一瞬ね。

本当は生きている目の方が、人工の硝子玉よりキレイだと思うのが、普通の文学的表現だけど、『僕の純粋経験』で言うと、やっぱり生きていると、悩みとか、怒りとかいろいろあるから、それが目に出ていて反発を招いたり、いろんなことがあったのだけど、『そういうものが全て消えて硝子玉』に、「キレイな目をして死んでるな」という感じ。親父の死の姿を見る一瞬でも、やっぱり可哀想になる気持ちと同時に、「おや、人間はこんなふうにして死ぬのか」と。

その時に、ちょうど父親の腹違いの姉に当たる人が札幌から来てて、「良いものを見せていただきました」ってね。年上の姉に当たる人、自分の腹違いの弟、(そしてその目の前で父親が)死んでいく、つまり姉ももうじき(順番からいって)死んでいく、ということが自分で分かっているわけね。その姉が、自分の父親が死ぬのを見て「良いものを見せてもらいました」って(笑)というふうに言うというね。

例えば、そういう瞬間の経験を考えたら、いろいろとComplex だなぁ、複雑だなぁって気がする。そうすると、そのね、これは【無】と関係があるのだけど、【有】か【無】かの感じだけども、何かこう複雑なものを成り立たせている『構造』というものが考えるとしたら、それが『究極の真理』だとしたら、それは「有る」とも言えるし、でもそんな所詮、人間が考えたことだからね、構造なんて絶対見ることができないんですからね。触ることもできない。だから、そんなもん考えただけだと言えば「無」だし、、

そうですねぇ。

有と無の関係は、次の週に佐伯さんから言ってもらいたい(笑)

(笑)