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吾等七十歳、戦後七十年をいかに見る④ 〜「世界的な混沌の中で今後の日本はどうなるか」〜ゲスト:黒鉄ヒロシ、辻原登、佐高信(西部邁ゼミナール)

吾等七十歳、戦後七十年をいかに見る④ 〜「世界的な混沌の中で今後の日本はどうなるか」〜(西部邁ゼミナール)

ゲスト

黒鉄ヒロシ:漫画家

辻原登:小説家

佐高信:評論家

アシスタント

今村有希:女優

【ニコ動】
西部邁ゼミナール)吾等七十歳、戦後七十年をいかに見る④ 〜「世界的な混沌の中で今後の日本はどうなるか」〜 ゲスト:黒鉄ヒロシ辻原登佐高信 2015.10.04


今村有希

吾等七十歳、戦後七十年をどう見るかの最終回です。

今週はポストモダン。つまり後近代への展望について、漫画家の黒鉄ヒロシ先生、小説家辻原登先生、そして評論家 佐高信先生、近未来に待ち構える世界の混沌か、そして世界に戦争状態
襲来する可能性について語るということになりそうです。

戦後は、戦争によってようやく幕を閉じるということになるのでしょうか。お三方、この途方にくれた戦後日本人にどうかご教授ください。


佐高さん・・・


はい?


なんか、最近貴方、戦争反対で国会を襲撃しているそうで。


ワハハ、いや襲撃はしていないですけども(笑)

なんと言うか・・・いちおう戦争というものを来ないように外交とかの力によって、ストップさせるのが政治家の役割・・・


うん。


・・・だというふうに思うんです。戦争というのは政治の敗北から始まると思うんで、その辺のところが、なんかちょっと対処を違えているんじゃないかと。そう、「攻められたらどうするか?」とか、そんなことばっかり言っているから、ちょっと貴方の役割とは違うんじゃないんですかってことを言いに行っているということなんですけどね。


でも言葉は、「外交」って言葉だけど、結局、言葉はむなしいってところもあるでしょう。最後は力でにもって決着をつける、石器時代の昔からねぇ。


えぇ。


なんか歴史の運命のようにして戦争が始まっちゃう。攻める奴がいる、攻めたら守らなきゃいけない、攻め返さなきゃいけない。


あの西部さんがさっき言った、私の郷里の二人の【石原莞爾】と【大川周明】って・・・大川周明って人をなんで書かなきゃいけないと思ったのかは、あのコーランを最初に訳した人なんですよね。


そうなの。

[*コーランの翻訳手がけた 思想家 大川周明酒田市出身) ]


つまり、イスラムという途轍もない理解しにくいものに対して、やっぱりここをちょっと理解、理解というのはどこまで及ぶかどうか分かりませんけども、そういうようなこともやった人なんだと。

で、大川周明ってのは、私が学生時代に四年間入った地方の学生寮、酒田・鶴岡出身者の入る学生寮の大先輩なんですよ。だから、寮の図書館には大川周明全集というのがずっと並んでて・・・


あぁ〜。


学生時代はぜんぜんケッて感じであれしてましたけども(笑)、いまだからそういう意味では、及ばぬまでもイスラムなんてものを理解しようとした人なんだと。


わかりますよね。


えぇ。


あんなふうに言ってはいけないのかしら、日本でいえばあの大東亜戦争、あの時代の日本人の行動力、想像力というのはすごく広がってて大きくなってて、それでそのコーランの翻訳まで。

いま確かにグローバルで、と言いながらなんか知らんけども、ITにさ、世界のいろんな状況がうつっているけども、あれはなにか世界をオモチャのように弄んでいるだけであって・・・


うん。


弄ぶとも違うか。『子供のように遊んでいるだけ』であってね、誰一人、地球の反対側でも北でも南でもいいけども、それに立ち向かおうとはしていない。手元で遊んでるだけ。

でも、昔のあの当時の日本人は失敗はしましたけどね。


えぇ。


相当凄まじい想像力と行動力で動き始めた。


うんうん。


そういう意味からいうと『失敗はしたけど、ある種の偉大な時期だった』んだろうなという、そんな思いが僕にはあるけどねぇ。

[*日本人の行動力、想像力が動き始めた大東亜戦争時 ]


ただ、戦後日本人はそれを失敗と断じ、犯罪と断罪し・・・


ちょっと違う観点から言っていいですか、今の佐高さんの?(笑)庄内藩の人が西郷さんに感動して鹿児島まで行って・・・


えぇえぇ。


南洲公逝くもかくじゃないですか。


えぇ。


そしたら、あれは(戊辰戦争の際に)「攻めた側」ですよね、恩人とはいえ、西郷さんは。それで、(官軍と戦った庄内藩は)罪を赦されて。まぁそれだけで感動したんじゃないんだけど・・・


えぇ。


記録して、今日、西郷さんの話が広がっているのは庄内藩のお陰でしょう。


はい。


ってことは、他国の違うものを見て筆記することは、コーラン大川周明とちょっと通底してますね。

[*西郷隆盛を慕った庄内藩主の精神と庄内藩主の共通点 / これについて参考サイト: http://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/90e913c09726501690475aab5511c413 (「渡部昇一の昭和史」) ]


はーはーはー。


その気配。だから、コーランの中身よりも、『異文化異民族であっても良いものを抽出しようという気配』みたいなものが、庄内藩に伝統として残ったとするならば、大川周明のやった功績、あるいはしでかしたことも分かるって気がする。


うんうん。


これがつまり、『風土の問題としていい景色』、これ総論で言うと『日本の風景』なんですよね。


あぁ〜。


コーランなんかぼく何の関係もなく、これはどっから来るかというと、日本っていう、なんて言うのか、雑駁には『武士道』というのがやっぱり依然として良くて、グローバリズムってハナから無理で、諦めて物々交換みたいな領域でやるので止めとくべきだったなぁ〜って気がしますけどね。


あのグローバリズムってのは西部さん、つまり会社ですよね?『会社のグローバリズム』で、会社がものすごく大きくなって、会社が偉そうにグローバリズムだ、グローバリズムだと言って、それに人間が引き摺り回されているという感じがして、私はなんかグローバリズムなんて言われると、すぐに身構えますけどもねぇ。


昔ちょっとヨーロッパに行った時に、イタ公というかイタリア人ね。多くのヨーロッパ人はイタリア人についてこう言うの。「あいつらはとんでもない奴らだ。女の子のお尻を追っかけてる。冗談ばっかり言ってる」と。それで、「昼間は働いていない」と。

ところがね、いざ場面が変わると一番働くのはイタリア人なんですってね。たとえば、家族のためとなったら、2日3日徹夜でも働くというね。そういうことをやっている。しかも、ブラックマーケットでやってますから、統計にあがってこない分の三割ぐらいはブラックマーケットでイタリア人は稼いでいるわけさ。そういうことをやっていて。

それで、イタリア人のあまりの活動力と、あまりのデタラメぶりで、ふとイタリアがヨーロッパ
いない方がいいんじゃないかなぁと思う。けどしかし、『イタリアからヨーロッパが消えると、ヨーロッパが寂しくなるなぁ〜』ってのがあってね、多くのヨーロッパ人が言うの。

ぼく何言いたいかっていうとね、日本人はこのアジアから日本がいなくなってアジアが寂しくなるなぁってことはないんじゃないの?だって、そんなイタ公的なね、社交のセンスもお喋りのセンスも冗談も、マフィア的犯罪も何もないんですから。

だからなんてのかな、グローバリズムなんぞいうヒマがあったらね、この日本は、あの日本は、好き嫌いじゃなくて、『面白いぜ!』ってね。

一同

あぁ〜。


あいつら(=日本)がいなくなると、globe=地球 が寂しくなるぜ、ってねと思わせる。それは確かに武士道的なものがなんか関係してくるのかもしれない、そんな気がする。


うん。


黒鉄さんの言ったことを受けますと、その庄内藩が西郷に言わば感化されたというか、最後はあれして、庄内の遠くの西郷のところ(=薩摩)にわざわざ留学ですよね、そのまま「西南戦争」に参加するわけです。16と18(歳)で行って、18と20歳であそこの南洲神社に庄内藩の少年兵士の墓ってのがある。そういうふうな、西郷にそれだけの魅力があったんでしょうね。もちろん、「お前たちは留学生なんだから(庄内へ)帰れ!」と、年明けなんかから帰れと言われるわけですよ。そんな、(政府軍との戦に)参加する必要が無いんだからと言ったら、「いや残ります!!」と言って(戦で)死んじゃうわけですよね。それだけの感化力みたいのがあって、西郷というのは下級武士ですよね。その「武士道」というのに私はスンナリと頷きたくはないけど(笑)、それより上流より下級にあった感じのね。

それと、明治維新というのは曲がりなりにある種のそれがあったわけで、それが他はちょっと他は真似出来ないなみたいな印象を残しているんでしょうまだ。


下級武士とか上級武士の問題じゃなくて、いわゆる失敗したから言うと、「武士」というのはやっぱり幻想だったわけですよね。『堺事件』ってさっきチラッと控え室で申し上げたんですが、フランス兵(※水兵)が乱暴狼藉で人を撃っちゃって、それで土佐藩が20何人が撃ての命令で撃ったら、フランスの賠償金請求と、(明治新政府から)切腹せよ!と言うんで、「士分」に取り立てられるというんで20数人のうちの11人まで腹を切るの。あまりの(その様子の凄惨さに、見分していた)フランスが「(残りの)9人は無罪にする!!」と逃げて帰るわけですよ。これは土佐藩ですけども。

で、「士分に取り立てる」というだけで、腹が切れるわけですよ。これいいとかじゃなくてアナクロの部分なんですが、武士道にそれだけの『いい毒』が、いいと言ったらなんですが、『人間の限界の見せ場』がこもっているんじゃなかろうかと。

[*堺事件(1868年) 土佐藩士によるフランス水兵攘夷事件 ]


境目の郷士でしょう?(笑)


そう(笑)


士(侍)と農民の境目の。坂本龍馬もそのへんだったというね。


えぇ。でも、彼ら一回「切腹をさせてくれ」って言うんですよ。切腹には士分がいるから、士分に取り立てているという。


あぁ。


切腹仕損なった)残り9人は士分じゃなくて、元に戻されるんですよ。それはヒドいじゃないかというのは、全体を見たらかなりおかしな話ですよね。生き死にがかかってもまだ身分に云々、秩禄にこだわるってこれ、まぁ男の人工物のゲームはここだろうという・・・。

佐高さんにつまりさっきの「いい戦争」と「悪い戦争」ってあるでしょう?( ̄ー ̄)


・・・う〜〜〜ん。。。(困惑顔)


あります!!(キッパリ)


ワハハ(笑)さっきの(西部)先生が仰ったイタリア人の家族を思っての盗みは僕はいいと思うんですよ。3人の子供が飢えるのならば、盗んでも与えるってのは、これはぜんぜん構わないですよね、私は。


まぁ、解放戦争とかね、植民地支配からのね、いろいろあることはありますよね(笑)


(笑)戦争全部イカン!!って言われると、窮屈になっちゃって、なんか物語として。


ちょっと話をズラすようだけど、共産党華やかなりし頃に、50年代か、「歌声運動」があって、その歌声運動のヒット曲が例のロシア民謡を主題にした『ともしび』ですよ。


えぇ。


みんなして左翼が喫茶店かなんかで歌ってたって、僕は札幌にいたから知らないけど、どもあれは冒頭からですよ、「・・・雄々しきますらお いでてゆく・・・♪」、ますらおってことは要するにこのあれでいう「武士」ですよね。「戦う男達」ですよね。

だから本当は昔の左翼も、この場合は帝国主義戦争じゃなくてなんですか?「プロレタリア解放戦争」か(笑)



ハハハ(笑)


らしいんだけども、何れにしても、戦わないなんて言った男なんてのは、それはだんだん女性たちから疎んじられるし、どこか男はウソでもいいから、女のためなら・・・小さい声で言うけど、女だってたいした代物じゃないと思うがでもね、『女子供のためなら戦ってみせるぞ!』というそういうポーズをとって、運良くか運悪くか、その通りに死ななきゃならなくなったら死ね!というね、ということなんじゃないかなぁ。


まぁあの西部さん、私まぁ一応ね、早熟でない日教組の活動家みたいのあって、一生懸命なんかやってた時に、たぶん旦那が戦争でなくなったいわゆる未亡人っていう人の、すごくシャキッとしたオバさん先生がいたんですね。

なんかこう言ったら、「佐高さん、あなた平和のために戦うって何?」って。「戦いのないのが平和なんじゃないの?」って言われてね、「いや、でも平和のためにも戦うんですっ!」とかなんとか言ったんですけども(笑)

その「武士道」とか「ますらお」みたいな、そのなにかに挺身するみたいなのはそれはありますよね。


(うんうん)


これね、あの【モーリス・パンゲ】という日本の研究者、フランス人ですけども、ぼく好きな文句があって、こういうことを言ってるんですよ。【坂口安吾】も言ってますけども、つまり・・・

『人間生き延びようとすると、必ず堕落する』んですよね。ここは社長に媚売っておこうとかさ。そうでしょう。でもね、生き延びようとすると堕落は免れない。この堕落が積み重なると、だんだん価値の基準も何とかの基準もありゃしない、そういうことになってくると。でも、いずれ死ぬ。そういう情けない人生を送るぐらいなら、何処かで堕落の根っこには命があるのだから、『命を自分から絶ってしまう』というね。

そういう西洋の場合はそこでキリスト教だ哲学だの持ち出して、一種の形而上学ね、形而下じゃない形而上学にいって神様がどうのって話で誤魔化したけども、人類多しと言えども、そういう形而上学に頼らずにあくまで形而下に徹して、『堕落を免れるために自分の命を絶ってみせる!』ということをやってみせたのは、しかもある集団的なかたちでやってみせたのは、日本人だけである!!って(パンゲの)礼賛論があるんですけどね。

武士道で、切腹で売り出しますか、(黒鉄)先生?(笑)

[*日本を礼賛した仏・哲学者 モーリス・パンゲ / 「堕落を免れるために自分の命を絶った日本人」

「参考」①モーリス・パンゲ『自死の日本史』講談社学術文庫

殺戮のために選ばれた犠牲者たちさ、と読者諸賢は言うだろうか。だがそれは違う。

彼らが自分たちの「運命」を受け入れるその「受け入れ方」を見ないのは彼らを不当に貶めることになるだろう。

彼らは強制され、誘惑され、洗脳されたのでもなかった。彼らの自由は少しも損なわれてはいない。彼らは国が死に瀕しているのを見、そして心を決めたのだ。

この死はなるほど国家の手で組織されたものではあったが、しかしそれを選んだのは《彼ら》であり、選んだ以上、彼らは日一日その死を『意志』し、それを『誇り』とし、そこに結局は《自分の生のすべての意味を見出し続ける》のだ。

「参考」②政治学者 岩田温氏のfacebookより: https://ja-jp.facebook.com/iwata.atsushi.910/posts/327946510597447  ]


それはやめた方がいいんじゃないでしょうか(笑)


やめた方がいいね(笑)


あれ、【幸徳秋水】なんかはたとえば、ある種の武士道ですよねぇ。

[*明治天皇の殺害企図とされ処刑された幸徳秋水


武士道ですね、武士ですよねぇ。


それでその流れが『大逆事件』の和歌山の話に・・・


そう。だから右も左もなく武士は存在するって言っていいんじゃないですか。


えぇ。


左翼は左翼、武士(もののふ)の心を持った人もいるでしょうし、そういう考えが右翼であるとか左であるとかって分けないで考えた方が人間を理解する意味ではいいんじゃないかなぁという気もしますけどねぇ。


そうですねぇ。


えぇ、あれ、辻原さんが書かれた【大石誠之助ドクトル】んてほとんど言い訳してませんものねぇ。

[*大石誠之助:幸徳秋水とともに大逆事件で処刑される。医者であったため、ドクトル大石とも呼ばれた / 『許されざる者(上・下)』辻原登毎日新聞社  小説の主人公のモデルが大石誠之助である ]


してないですねぇ。


大体無実。ぜんぜん関係ない、明らかに無実でしょう?


無実ですね。


で、言い訳しないで死んじゃうわけですよね。


だから、あの事件(大逆事件/ 幸徳秋水事件)そのものは勿論でっち上げなんですけども、当時の情勢から言えば、政府があぁいう事件を『大逆事件』として仕立ててというのは、これは世界的にロシアだってみんなやっている時代ですよね。その中で【管野スガ】(※婦人運動家、毎日新聞前身の新聞記者)とかあの2、3人は本当に爆弾を作ってやるつもりだった。でも、その周辺にいた大石誠之助、あるいは幸徳秋水が思想的には一番影響力を持っていたから彼らを処刑するということになったんでしょうね。

でも、幸徳秋水とか大石誠之助は医者であったりインテリですけども、世界中のいわゆる社会主義徒とかアナキズムと情報を持っていて、世界をある程度、あの当時としては非常に客観的に見ていた人物の人ですね。そういう人物が賞揚として言うんじゃないけども、言い訳せずに、『冗談(嘘)から出たまこと』って最期に言って、グーッと首を吊られるという、あそこはやっぱり武士道というのはやはり・・・


ありますよねぇ。


だから、ここへ来る前に、【ヤスパース】の『戦争の罪を問う』ってのを読んでみたんですけども、あれはまぁナチズムとの問題が絡んでいる。でもやっぱりあぁいう、厳密に戦争に対する敗戦国の罪というのをキッチリ突き詰めて、ナチズムと通常の戦争で敗北したドイツ民族というのをキッチリ分けながら、しかし全体の責任をこう負う中で、何を我々は・・・。でもやっぱり『ドイツ魂』って言ったんですよね。

[*「戦争の罪を問う」 カール・ヤスパース 独・哲学者 ]


あぁ。


ドイツ民族。で絶対にそれは滅びないんだと。それを再建するために何をしたらいいかと。綿々と続いてきたドイツ人の中の優れた思想家とか、生活人とか、立派な生き方を模した人を探して、そういう人達に従う生き方が今後のドイツ人にとっ大事なんだというようなことを(ヤスパースは)結論にしているんですよね。

それはさっきから伺っている武士道とかいろんな人たち、幸徳秋水にしたって、大川周明にしたって、石原莞爾にしたって、みんなそういう系列に僕は繋がると思うし、逆に言うと、柳田邦男だとか(柳田の高弟の)折口信夫みたいな、あぁいう人たちもそういう系列に沿ってて、そういう人達を繋いでいって、いま何か考えるというのはすごく『戦後70年』において重要なことじゃないかなぁと、ヤスパースを読んで余計にそういうような気になったんですよね。


僕も似たような議論なんだけど、僕は長い間、辻原先生の前では恥ずかしいんだけど、文学には近付かないようにしていたんですよ。本当に長い間。17、8(歳)の頃ね、小説もどきを書いて、自分にはそういう才能が無いなぁと思って(笑)、それから延々とね。

でも、最近もう76ですけど思うんだけど、やはりね、いろんなことをまとめていく上で『文学的なる構え方』って必要不可欠だと思う。必要不可欠かはどうでもいいんだけども、何かね、人間というのは何処まで追ってもね、【矛盾から逃れられない】ですよね。

僕の好きな【チェスタトン(G・K・チェスタトン)】の言葉でいうとね・・・

『男の美徳は勇気である。勇気とは何か。勇気とは自分あるいは自分の家族が生き延びるために発揮する真のエネルギーである。本当の勇気とは何か。死ぬことを覚悟することである。』

これ簡単に言うとね、【生き延びるために死に急ぐ】というかね。そういう【矛盾】から逃れられ無いわけですよね。

ついでに言うと、女性だってそういうところがあって、ちょっと喋っていい?

女性の美徳。これは僕が作ったんだけどね(笑)

『女性の美徳は何であるか。要するに優しさである。優しさは何のために発揮されるのか。女の美しさを男に伝えんがためである。本当の優しさとは何か。・・・私ちょっと言うの憚かるんですけどねぇ・・・女の美しさを捨てるかのような、穢す(汚す)かのような男女の振舞いに及んでみせることである』という。

通じましたか?(笑)


うんうん。

今村有希

(微笑む)


つまりそういう矛盾ね。美しさを、この場合で言うと、美しいものが美しさを捨てて、男女の性行為の云々に入ってしまうというね。そんなふうな矛盾ってのはさ、人間にある以上、国家にだって何処にだってあるわけでね。

そういうことをいま流行りの情報でも科学でも知識でも解き明かせないんですよね。


(うんうん)


そしたらその喋り方、書き方の中に、ある種の文学的な矛盾のど真ん中に進み込むと。で決着が付かなければ、あとは黒鉄さんの武士道にお任せするというね。


僕のじゃないですよ、何を言ってるのワハハ、と言い募るという(笑)

一同

(笑)


そういうことをやる。そういうことを嗅ぐ民族で、本当はもうやり始めているのかもしれませんね。アラブの人が何を考えているのか、スラブの人が何考えているのか知らないけどさ、何かこうグチャグチャの中で、イケーーーーッ!!て行く以外にもうどうしょもないという。で、日本人だけなんか(テレビリモコンの)スイッチ捻ったりなんかしているだけで。こういう余計な民族ってのは、そのうち粛清されるんじゃないですかねぇ、人類から。

でもそういう武士道・・・武士道と言ってよいかどうか知らんけど、そういう『矛盾の底深さ』に気付いている人は何%かはいますよね、日本人だってね。そういう人達に場所を与えなきゃいけないんですよ。そういう人達を総理大臣にしたりさ、会社の社長にしておけばいいんだけど・・・ならないね。


ならないですねぇ、それは。


(笑)


なれないです(笑)


なれない。


能力が違いますものね、その「別個の能力」ですからねぇ。


あぁ〜。


でも喋り過ぎて悪いけども、こういうふうに言ってる人もいるのよ。

『人生の最大限目標行動は何であるか。男の場合でいえば、一人の女を手に入れること。一人のいい友達を持つこと。一個のいい思い出を持つこと。一冊のいい書物に(出会うこと。)』

・・・たった4つ。でもね、今の日本人でね、この4点セットを持っている日本人って1%もいないんじゃない?・・・・一番難しいのは友達かもしれませんけどもね。あっゴメン違う、思い出も難しいですね。

戦争70年もしないとね、僕は孫がいませんけども、孫に語る思い出なんかありませんよ。


(うんうん)


孫に語る物語を残すためにも少々戦争をやってみるとかさ。

本当にありがとうございました。といって話は始末がつかないんですが、まぁ〜そういうもんなんですよ。我々如きに始末が付くほど、人類の歴史も柔なもんじゃありません。


(笑)


何が起こっても腰を抜かさないように、人類日本人諸君、腹を決め給え!

・・・ってことで終わらせます。

【次週】戦後70年 特別連続企画:『政治家としての戦後70年間の結果にどう対処するか』ゲスト 小林興起(国民党代表)×東郷和彦(元外交官)×脇雅史自民党参議院議員)×西田昌司自民党参議院議員