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戦後70年間の結果にどう対処するか③ ゲスト 小林興起×東郷和彦×脇雅史×西田昌司(西部邁ゼミナール)

戦後70年 特別連続企画:『政治家としての戦後70年間の結果にどう対処するか』ゲスト 小林興起(国民党代表)×東郷和彦(元外交官)×脇雅史自民党参議院議員)×西田昌司自民党参議院議員

【ニコ動】
西部邁ゼミナール)戦後70年間の結果にどう対処するか③ 2015.10.25



今村有希

戦後70年の結果にどう対処するかを論じて3回目です。ゲストは脇雅史先生 自民党参議院議員西田昌司先生 同じく自民党参議院議員小林興起先生 国民党代表、そして東郷和彦先生 元外交官、四人の先生方です。

今週のテーマは、いわば思想的なものでmodernism(モダニズム)、つまり『近代主義の超克は可能か?』という古くて新しい問題になるハズです。もっと限定して言うと、アメリカ文明は近代主義の権化であり、それを範と仰いできたのが日本の戦後70年ということであり、この日米両国の姿を保守の立場におられる方々がそれをどう評価するか、それが問題だということになるのではないでしょうか。

では宜しくお願い致します。



僕の方から今村さんに質問してみようかな。


今村有希

はい。



左翼って言葉はご存知ですかよねぇ?(ニヤニヤ)


今村有希

ハイ、あのぉ・・・(笑)



左翼、英語で言うとですね、レフト(left)ですが、だいたいどんなもんだと思ってますか?しょっちゅう聞くでしょ左翼って。


今村有希

はい、左翼って言葉は聞くんですけど、そもそもどういう意味なのかってところは分かってなくて教えて頂きたく存じます。



これは釈迦に説法ですけども、もともと左翼ってのはあのフランス革命の時に『左側に座ったジャコバン党たち』のことなんですよね。(国民公会において)左側に座ったからそう言われる。でまだ社会主義は出てない時代ですから、ジャコバンが何を言っていたかというと、自由・平等・博愛(または)友愛ですね。それに最後には理性を宗教にしようと思って言ったから合理って言うんでしょうね。「自由・平等・友愛・合理という、これこそが最高の価値」だと、そういうふうに振り立てた、振りかざしたのが左翼と言われて、それ以後だいたい左翼の基本線はそれですよね。

[*「左翼」の基本理念 自由・平等・博愛・合理 ]



今の社会でも、自由民主だろうが何処だろうがお役所だろうが、もう案外簡単に自由・平等・博愛・合理と言うし、肝心なアメリカだってですね本当に自由か平等かは別として世界に何かを押し付ける時に、「お前の国は自由じゃない、お前の国は平等じゃない」云々という形でやってくる。

そういう意味ではフランス革命の時の左翼のあるイデオロギーと言わずとも、観念世界というのがあれから200年余ずっと地球上を覆っているという感じ。そういうふうに言えば、もう地球上をほぼ丸ごと左翼なんだと。そこで保守を言ってる自民党というものは、ここではお二人しかおりませんが、そもそも何者であるかという疑問を僕は昔から感じている。



(困った表情)



(苦笑)



東郷先生、大東亜戦争が始まったあれ半年後でしたか、たいした座談会じゃないんですが、【小林秀雄】たちが『近代の超克』と題しましてね、大東亜戦争の解釈として知識人がやって、日本の独自の立場があるとしたら、欧米の近代主義というものをいかほどかでも超克出来るかという、そういうテーマが突きつけられ、戦争は何だと考えて、大した議論にはなりませんでしたけども・・・そういう意味ではこの古くて新しい問題でもあるんですよね。



近代の超克の座談会のベースになったのは当時の京都学派、【西田幾多郎】、といってまぁあんまりその時は出てこなかったけども、私はやっぱり【鈴木大拙】という人が一緒にいたわけですね。



あぁ。



で、善かれ悪しかれやっぱり明治以降の日本の一種のクライマックスですから、あの時に思想という面でも日本としてのクライマックスが出てきて、それはやっぱり【京都学派】であり、あの二つの座談会(※「世界史的立場と日本」「近代の超克」の2つの座談会)であって、しかし今の日本の思想の現状はですね、そこをもう一度見直して日本というものを考えてみようという、非常にある意味で転機、流れが出てきているように思いますけども。



私ちょっとこの間思ったんですけどもね、あの戦争は何だったのかと言うと、日本は故郷の家族を守るために特攻まで踏み頼りましたよね。アメリカとかは一体何だったのかというと、それこそ近代の価値ですよね?自由・平等・博愛じゃないですけども、「自由に貿易をさせろ」と、「門戸開放をしろ」と。で、「その方が、西洋の価値を受け入れた方があなた方は得になるんだ」と。今も同じことをやっているんですけどもね。

ただ彼らの戦争というのは、その価値を押し付けていってやりましたね。で、日本は別にそれに対して抵抗しながらですね、抵抗する時の術としてその「西洋の技術」が必要だったので、まぁそういう近代の価値に取り入れていったのですけども、最後はやっぱりあの大東亜戦争は、結局は故郷と家族を守るためにやっていったと。

しかしそれに負けましたね・・・『負けて残ったのは結局、故郷も家族もいいから、自由で平等で金儲け出来たらいいと。』



うん。



まさに、戦後はその近代の価値と言うべきかわかりませんがね(笑)、そのものを受け入れて権化になっている。その結果ですね、【故郷が無くなっていっている】んですね。東京一極集中がなんでこれだけ、世界の中でこれだけの集中している国は無いんですけどね、やっぱり『故郷はいらない』からでしょうね。それよりも『金のあるところに行こう』と。だから、そこはかなりあると思うんですけどね、今の日本の現状。

[*故郷と家族を捨て 自由と金の権化に ]



国家がやっていくためにはお金が要りますよね。お金はどこで稼ぐかというと、市場経済を盛んにすることなんですよね。その市場経済を発展させるというと、ある種の合理性とか技術とかが必要になってきて、それをとことん進めていくと自由貿易に、どこでもお金は、資本はどこでも動けますから『自由にして欲しい』というそういう要望に変わっていくんですね。

で、ところがそれをですね、そういう過度の資本主義はやっぱり人間を幸せにしないんじゃないかということで、社会主義的なところに、今はちょっと廃れましたけど、社会主義へ行くんですね。



うん。



その資本主義を単にお金(資本)の自由に任せると変なことが起こるので、いろんな『規制』をしたり、それは『国家が統制』していきましょうというその社会主義になっていく。

さっきの左翼・右翼でいくと、ここに誤解が出たと思うんですが、その社会主義が左翼で、自由の資本主義が右翼的な方向(位置付け)で、それでアメリカが右翼でソ連が左翼だというふうに『誤解』したんですよね。



誤解したね。



そこのところはね、西部先生の言われるように、【自由平等とかそういった合理主義を徹底するのはみんな左翼】で・・・



そうですね。



【アメリカもソ連も左翼の最たるもの】なんですよ。

[*米国=右翼 ソ連=左翼 と誤解 両国とも価値観は左翼 ]



自由民主党には『日本』というものが付いているんですか?


西田・脇

無いです。



それが問題ですよね。


西田・脇

そうですね。



もしもね、『日本自由民主党』でしたら、『日本型の自由』『日本型の民主』ということの、そういう国民性・ナショナリティというもが『日本』という字に付いてきますけども、こちらの小林先生(小林興起)は「国民党」ですからね、やっぱりこれは「viva国民」じゃないですけども・・・ 

[*日本的 自由・民主なら党名に「日本」を ]


西田・脇

(爆笑)



(苦笑)



日本国民ですからね、日本国民の自由、日本国ということが入ってきますでしょう。その日本とかその国民性ということを省いちゃうと、軽んじちゃうと、いま流行の単なる『グローバリズム』ですよね。



だからこの何年かそれが非常に顕著になってきて、結局、モノを作ってそれを売る、流通とかそういうところでお金儲けをしていくということだったんですが、そうではなくて、『お金がお金を生む』、その株を買ったり、単に投資したりして、自分はここにいてコンピュータをいじっていると何億円儲かったというような世界になってきてしまったわけですよ。

額に汗して働くことがうんとその比率としては弱くなってバカバカしくて働けない。大金儲けた奴がエラいんだと言って、これがお金の恐ろしさで、大金持っている人がちょっと頼みますわと言って、(西田の袖の下にお金を入れるジェスチャーをしながら)「ハイわかりました!」と、いうことすぐなるんですね。



ワハハハハ(笑)



それが世界中で悪さをし始めていて、いまは単に左翼というより、そういう近代型の金が儲かりさえすればいいんだという、非常におかしな世界をこれを正して、『それを正すのがたぶん保守主義なんだ』と思うんですね。

[*拝金主義へと傾く 近代の価値 ]



戦後の昭和というのは、とにかく全く無いところか一生懸命働く、もう働かないと生きていけないというところでやっぱり日本はすごい成長をしたと思うんですね。だから、冷戦が終わった時にアメリカがどこの世界を一番恐れていたかというと日本が一番怖い国になった。それは日本の経済力ですね。ところがですね、その時にこっちはちょうどバブルが弾けて、それで少子高齢化その他いっぱい問題が出てきて、それでどういう国をつくっていくのか、そもそも経済を豊かにするのは何のためかということについて、やっぱり平成になった時から今日に至るまで真剣に考えなくちゃいけないところに来た時に、なんだか頭がパーになっちゃって・・・

[*進むべき道を見失った バブル崩壊後の日本 ]



それで構造改革なんですけどね(笑)



そう、そこに先生も仰ったように、いわゆる新しいアメリカニズムが入ってきて、そこでその先生が仰るような故郷、郷土そういうその日本人として一番大事なものは何かということについての勉強という方向性というものが無くて、私は安倍総理が言ったあの・・・



瑞穂。



『瑞穂国の資本主義』、安倍総理の出された本の中で私はあそこが一番好きなところなんです。しかし、現実の日本の安倍政治がそこに向かっているかというと非常に疑問ですね。非常に不安です。



そうですね。



先生が言われた『近代』とかそういう言葉が文字通りにこう語られたのは、たぶんフランス革命とかそういう時は、まぁ『ヨーロッパが世界だった』と思うんですよね。



うん。



そういうところでヨーロッパの国々同士がですね、あ〜だこ〜だ左だ右だ滑った転んだとやった。そこに日本だけが、黄色い人種が入っていこうとした。ここはもう入ったかもしれない。しかし本当に戦後一挙に変わりだしたのは、アジアが独立して、アフリカも入ってくる。本当に世界が全部入ってきたらですね、文化も何も違うので、近代だ何だ、左翼だ右翼だということよりも、もう国が全く違う文化が違う、これをどういうふうにこの『秩序』をもっていくか。今やぜんぜん違う論理でもって世界を考えなきゃいかんというところに来ているんだけども、西欧風に日本がちょっと加わったぐらいの世界で勉強したことを、なんかどこの国はどうだと当てはめようとしているんじゃないかなって・・・



ただ僕はね、昭和から平成の時にさ・・・



はい。



日本は働いたけども、あれはいわゆる『日本的経営』として働いてたんですよね。それでね、中曽根時代にバブル一発来ただけでさ・・・「日本的経営はもう古い」というね。



そうですねぇ・・・(呆)



どこまで調べてのことなのかそれを言いまくって、次にね、「あらゆる規制を緩和せよ」と。つまり、【日本的経営ということは、日本的な規制の体系ということ】ですよね。「ここまでやらないといけない」「これ以上のことはやってはいけない」といういろんな規制が、習慣も含めて言えば日本にあったから、日本的経営という勤労態度がそこで保たれていた。

ところがね、そこで一発バブルが来ただけで、日本人が戦後自分たちに自信が無いものですから、それでもう規制緩和に、さらには構造改革に至るまで、考えてみると『構造改革』なんて言葉をよくぞ自民党サイドから言い出したもんだってもんで。あれ、構造改革って言葉を他に言い換えれば、【急進的大変革】って意味ですよね。はて社会主義が『革命』と言ってたことですよ。それを自称「保守」の連中たちがですよ、構造改革だ、構造改革だって何十年と言い続けるという機能奇天烈というよりも、ほとんどクレイジーな政治状況がこの日本列島に現出しちゃっている。

[*「構造改革」「規制緩和」へ走り 日本的なものを捨てた「保守」 ]



『それはアメリカが日本を変えていくために、日本の構造を改革しちゃったんだと。』



まぁそういうことだ。



まさにね、『アメリカニズム』に染め上げていくために、日本という国を自分の僕(しもべ)にするために考えた改革こそが【日本のアメリカ化ってのが構造改革】。『郵政民営化』ってアメリカが要求したんでしょう?日本人として、何で日本の郵貯簡保を持っていくんだ。本当はだったらどうなったんですか?「お前は自民党を出て行け!」と叩き出されて、向こうの小泉さんという悪い政治家がと言うならいいですよ、そうじゃないですか。「お前が悪いから出て行った」と国民に言われて選挙に落っこっちゃうんですよ。そんな国は、この構造改革、完全にアメリカにやられているわけじゃないですか!!



日本のね、日本人の価値観という部分が無くなって、結局、経済で言ってしまえば『新自由主義』ですよね。その新自由主義者たちは、いろんなことを言いながらやりながら大変な多額のマネーを手に入れたわけですね。そこで発言力がものすごく増していて世界を牛耳っていると言っていいんじゃないかと思うんですが、でそういう流れの中で「日本を変えてやれ」と。その彼ら(=新自由主義者)にとって都合のよい国に日本を変えていこうという意味で、小林さんはやられた(=郵政民営化法案に反対票を投じたために、2005年10月に自民党から除名される)んですよね。

[*日本人の価値観をなくし 「新自由主義」経済へ傾く ]



田中角栄さんの「日本列島改造論」、これはまさに『家族と故郷』ですよね。これをやっていったんですよね。そういうことも含め、金権だかどうだか知りませんけども、目的は家族と故郷、これをちゃんと食べささせてあげようというので、あぁいう国土形成をしていったと。

[*「家族」と「故郷」がテーマだった 田中角栄日本列島改造論」 ]



でまた事業家の方もですよ、家族経営的な経営というのが日本的経営で、家族と故郷を守るためにそれぞれの地域でやっていって世界のトップにいっちゃったと。バブルが終わっちゃったらですね、今度はもう家族も故郷も捨てて金だけ儲けたらいいという、新自由主義って結局はまぁそういうことですよね。その典型が、小林(興起)先生がいちばん抵抗されたのに、正しいことをしていったのに、それを・・・



田中角栄さんだってね、もう日本的な政治家として本当に素晴らしい保守の政治家だと思うんですよ。じゃあ何故、彼が晩年あんなになっちゃったのかって、ご承知の通り『ロッキード事件』でしょう?しかもあの裁判ですよ、日本の最高裁最高裁がですね、「免責特権」で外国人をコーチャン(ロッキード社前副社長)を呼んでやらせる。それで相手は何を嘘を言ってもいい。そんなことをやる最高裁があるか!?(怒)


仰る通りです(笑)

[*日本の最高裁がアメリカ側の「コーチャン証言」(ロッキード社前副社長 A・C・コーチャンの嘱託尋問)なるものを意図的に引き出すために“免責”を与えたというくだりについて、こちらのサイトが参考になる▷ http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/rokiido_coochankaicorokuco.htm



司法がアメリカに屈し、政治がアメリカに屈してね、もう『三権が全て(アメリカに)屈しちゃっている』んだから。こういうことを考えると、もう近代主義もへったくれもこれはですね、日本とアメリカと全く違う国柄で、日本は単一民族でみんな一緒だけども、アメリカは人種はいっぱいいるし階級もいっぱいあって、そんなところの自由だ何だってね、そんな日本なんか最初から自由なんですから。

[*アメリカへの屈服 象徴するロッキード裁判 ]



田中角栄先生の72年の『日本列島改造論』が出てきた時は、あの時代の要請としてはたぶん素晴らしいものがあったと思うんですね。やはり60年代の10%成長の後に、太平洋側だけ豊かになっちゃって日本海側が貧しくなったと、この格差を埋めて日本全体を豊かにするために交通網を作って、ある程度のハコモノをつくって日本全体を一つの解に変えていくと、この発想自体は素晴らしかったと思うんですけども、しかし現実に何が起きたかというと、今度は地方はですね、国家の中央の公共事業、中央から来るお金でもって公共事業をやって、それでその日本人が本当に守るべき一番ものは、先祖皆さんから貰った自然ですね。その自然破壊、景観の破壊、それから本当に大切にしなくちゃいけないのは文化ですよね。

この自然と文化というのをそのものを、つまり早く言うと平成になってどんどん日本は壊してきている。その景観と文化が壊れている背景に日本人の心が壊れてきている。これは、アメリカにやられた部分もありますけども、やっぱり平成になってからの特に日本人が、もう一度自分たちで反省しなくちゃいかんと思いますね。



そうですね。どこが悪いかっていえば【新自由主義】なんですよ。金儲け出来ればいいということにして、金を儲けようと思ったらどんどん集中した方がいいわけですね。結果的に過疎地域が残るんです。私は【保守】というのは、新自由主義に対抗していかなくちゃいけないんで、何を守るかというと『地域を守る』、いま(東郷が)「自然と文化」と言われましたが、それを引っくるめて地域を守る。で、地域に日本全体がそれぞれの地域がそれぞれ地域が、それぞれがちゃんと生きていけるようにもう一回直そうと。難しいですよ、言うのは簡単だけども。

で、『保守』というのは、何を保守しようとするのか、地域を保守しようと思ったらそこに定住しなくてはならない。多くの人がそこに住み続けようという魅力がつくれなかったら廃れるんです。それは何かということを本気で考えるが保守主義であり、保守政党なんですね。

[*保守の役割は地域を守り 地域に定住させること ]



じゃあ自分が住んでいた地域をどうしようか、5年後10年後と、そんな議論をしたことはありますか、ほとんどの人が無いところですよ、で、地域をどうしましょうと意思も無いところをどうして発展するんですか。それを議論しなかったらダメです。



その延長戦でちょっと私が言いたかったのは、要するに田中角栄の主張って言いましたが、片っ方で田中角栄の論調でおかしくなっているんですよ。それは何かというと『自主防衛』を出来る仕組みでやっていく、それを投げなきゃならなかったのだけど、相変わらず戦後復興をずっとやっていきますという路線ですよね、まさに日本列島改造論は。だから本当は一生懸命に食べられるようになってきたと、日本海側もやりますけども、もう片っ方で自分たちの国の国防がですよ、全く実は出来ていないと。だから、体を張って国を守る仕組みをやらなきゃならないというのに、あの辺あたりから本当は投げなきゃならなかったのですけどそれをしないで、結局は金の話に変えちゃっているんですよね。そうすると、それがまたマモニズム(拝金主義)を生んで、新自由主義を生んでくるという。結局、故郷を守るという話も国防とセットでして、体を張らなきゃ出来ないのですから、その体を張ることの大切さをですね、最後まで日本は気付かずして否定してしまった。



その国防とね、インフラもあるんですよ。



うん。



その、やっぱり明治の時に一気に新しい時代に対応できたのは、『鉄道』をあっという間に全国に敷いたんですよね。



あぁ〜すごいですよねぇ。



これものすごい力ですよ。戦後はしかしですね、太平洋戦争で負けた時に、その世銀からお金を借りようというので外国から調査団が来た時に、日本には道路が無いと、こんな国が戦争してたのかと呆れて帰ったわけですが、高速道路をそれからつくり始めることになっていくわけですが、高速道路や空港や港湾やですね、あるいは災害が無茶苦茶多い国ですからそういうことに、いわゆる『インフラ整備にお金をかけるのは当たり前』で、今でもアメリカやヨーロッパはかけているんですよ。

で、「日本はその公共投資をするとそれが悪い事だ」と。「要らないことをやっているんだ」と。それはいろいろ探せばあんまり効率的でない公共事業はあるかもしれません。それは減らしていいですが、基本的に足りないんです。地域を守るためにインフラを整備しなければどうやって生きていけるんだと。それがダメなんだ。



昔ですね、昔で悪いけど、【福澤諭吉】が『政府は国民の公心(こうしん)の代表なり』というこういう原稿を書いたんですよ。その当時は薩長が政府を独占するでしょう。それで自由民権派は、薩長はけしからんと言う。でも政府ってまだ議会政治が始まる前ですから、どう考えたって政府っていうのは国民がいて、国民には私心もあるけどもみんな地域のことも考える公心もあって、そういうものを代表して政府が出来るんだと。そういう当たり前の気持ちが日本人に少ないってことじゃないんですか。

ぼく昔ね先生、『資本論』読んでみたの、つまらないあの本を。でもね、資本論にも面白いところがあるのは、結局ね、あんな資本の論理、商品の論理でどんどんといっちゃう。ところどころあの本にはfetishism(フェティシズム=物神崇拝)の精神病理の箇所があるんですよ。つまり、人間がfetish(フェティッシュ)、つまり「物を神様とおもう」という、そういう今で言えばmammonism(マモニズム=拝金主義、金銭至上主義)ですか、そういうものにとらわれたら、こんな世界が出来ちゃうという一種の物語なんですね、あの資本論はね。

故郷の集まりとしての国家をどうつくるかというふうな公心(おおやけごころ)が日本人にそこそこあれば、そんなマモニストにもフェティストにもならずに済むのだけど、 いつの間にやらこうなってしまったのは、やっぱり日本がアメリカの属国になってからね、上辺では「自由だ平等だ博愛だ」って綺麗事言ってるけど、本当の公心(おおやけごころ)ってものを日本人はもう能う(あたう)かぎり少なくしてしまったと。

[*公心(おおやけごころ)なくし 金とモノを神とした日本人 ]



日本の破壊が本当に戦略的に進んでですね、教育も「ゆとり教育」で破壊したでしょう。で、政治を見てご覧なさい、政治家のレベルがなんでこんなに低くなったか、私が何故落選してるかってねぇ・・・



(笑)



政治家のレベルが高いとなかなか当選し難いことになっているんですよ!



(笑いながら頷く)



(うんうん)



そうでしょう?レベルが高いと意見を言うでしょう。意見を言うと「出てけ!」と言われちゃう。だけど外国はね、地域の話をしましたけども、『政治家は地域から選ぶんです』よ。



そうなんですよねぇ。



いかにサッチャーが有名でも、サッチャーがオカシイという人はイギリスの保守党にもいっぱいいた。しかし、彼らで保守党から追い出された人はいないんですよ。こっちは、たかが郵政一法案でアメリカの(要求する)法案に反対したらですね、「党から出てけ!」と。それを言われた時にマスコミも助けない、マスコミが助けないから国民も知らない。

やっぱり政治を小選挙区制やるならば、公認は党ではなくて『地域』にやらせる。そしたら地域のために働く人が地域から出てくる。そういうことをしなかったら、片っ方は中央集権でですよ、田舎なんか関係無いってことになっちゃっているじゃないですか。



私がよく分からないのは、自民党のこの政治の中で、田中角栄の限界を乗り越えて新しい地域ベースのビジョンをやろうとした先生が何人もおられるんですね。あの大平正芳先生の『田園都市国家構想』、それから竹下(登)先生の『ふるさと(創生)』の話、それから小渕恵三の『富国有徳』、こういうある意味で立派な流れがあるにも関わらず、今の状況は本当に不十分。



それはね、



えぇ。



それを考える人が中央の人に期待するかと、そういうのじゃダメなんです。さっきみたいに『自分の住んでいるところをどうするかって考えが、そこの地域の人から出てこない限りはダメなんです。』



そうともいえるし、たとえば大平さんだって『田園都市構想』っ言いましたよね。



えぇ。



本当は、戦後の歴代の首相が掲げたスローガンってのはね、それなりにみんな意味があるんですね。恐らく平成に入ってからの主要なテーマであるべきだったのは、それまでいろんな首相が行き当たりばったりかもしれんけども、出したスローガン、価値観、そういうものの全体を総合して、それを日本の国家論として定着させるという仕事が必要だったにも関わらず、それをしないで外国から降ってくるグローバリズムだの、マネタリズムだの何だのって風に吹かれて浮かれてしまって、自分たち自身の先輩方がつくったいろんなイメージ世界というものを、これにかなり地域といも入っていたし国家も繋がっていたけども、それを平成と共に吹っ飛ばされちゃったというね。この25年間なんですよね。

[*先人の構想した世界を見ず 国家論を捨てた日本人 ]



そうですね。



住民のことを英語で「inhabitant(インハビタント)」って言いますけども、あのhabit(ハビット)って「習慣」ですよね。



あぁ。



習慣が成り立つためには、いま脇先生が仰ったように、ある程度の『定住性』が無いとね。



えぇ。



5年10年定住してて習慣(habit)が身につくわけ。そういう習慣を身につけた人たち、そこに入ってくるのがinhabitant=住民ってことですよね。な〜にみんな週間も経てばどっかに動く奴らは、あんなのは住民じゃないんですよね。それでは習慣も定着しないという。そういう意味で非常に流動性が激しすぎて、落ち着きの無い、怪しげな人間とも思われない人がこの列島をウロウロウロウロと彷徨っていると。ほとんど幽霊の世界じゃと。僕には10年ぐらい前からそう見えてるんですけども、どうも時間が来たそうなので、最終回にうつります。

[*inhabitant=住民 / habit=習慣 ]


一同

(笑)

【次回】戦後70年 特別連続企画:『政治家としての戦後70年間の結果にどう対処するか』③ ゲスト 小林興起(国民党代表)×東郷和彦(元外交官)×脇雅史自民党参議院議員)×西田昌司自民党参議院議員)④ 『グローバル資本主義と大衆民主主義の末路』