読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

憲法改正論点総浚い② ゲスト澤村修治 「天皇」条項の再解釈と「戦争放棄」条項の廃止が必要とす(西部邁ゼミナール)

憲法改正論点総浚い② ゲスト澤村修治 「天皇」条項の再解釈と「戦争放棄」条項の廃止が必要とす(西部邁ゼミナール)

ゲスト:澤村修治(評論家、評伝作家)、近著「敗戦日本と浪曼派の態度」(ライトハウス開港社)、「天皇のリゾート御用邸をめぐる近代史」(図書新聞)他

【ニコ動】
西部邁ゼミナール)憲法改正論点総浚い【2】2015.12.20


今村有希

憲法改正論点の総浚い、その2回目は、第1章の「天皇」条項と、第2章の「戦争放棄」条項という、しばしばマスコミで取り上げられている論点についてです。

評伝作家で評論家の澤村修治先生をお招きして、戦後日本人が国家の文化的象徴と軍事的防衛についてどんなに綺麗事を並べ立てて、いわゆる“国体を蔑ろ”にしてきたかするどく抉り出していただきます。

では早速始めてもらいましょう。宜しくお願い致します。

澤村修治

宜しくお願いします。


あぁ〜今日はありがとう。そういえばね、ある人が・・・【小堀桂一郎】さん(※東大名誉教授)という方なんだけど、憲法のことを『Constitution(コンスティチューション)』というんですけどね、Constitutionという意味を調べると、第一には『国体』って書いてあるんです。でもね、ちょっと僕は違うと思うんだけどね、Constitutionの後半の“stitute”(の部分)、institute(インスティチュート)というのは「つくりあげる」という意味なんですね。

[*Constitution「憲法」 国体・つくりあげるの意 ]


ところが、日本の場合の「国体」というのはね、誰かがこの体裁をつくりあげるんじゃなくってね、何百何千年の歴史の中で自ずとつくったものでなくて『成ってきたもの』ね。

つくったものか、成ったものかと、こう考えると日本の国体というのは、Constitutionを英語で訳せば憲法は「Constitution」なんだけど、それとはちょっとは違ったものなんですよね。

[*日本の「国体」は歴史の中で自然に「成った」もの ]


それにしても、アメリカは最初ね、日本を占領した時に「天皇制なんかぶっ潰しちゃえ」と。「天皇こそ戦犯じゃねぇか」という意見が圧倒的に強かったの。ところが、マッカーサーが案外ね、ヨーロッパにコンプレックスを持っていて、イギリスは王政でしょう?

今村有希

はい。


それからいろんな意味でこう立憲君主制のある・・・あぁそうかと。ヨーロッパにそういうのがある、それならば、アメリカに王様がいないからといってね、彼らは日本の天皇と(ヨーロッパの)王様の区別さえよくつきませんから、ヨーロッパをみることによって天皇制を残しておくことにしようかという、そんな経緯もあってのこと。そういうものなんですね。ところで今村さん?

今村有希

はい。


これ(=憲法)に「天皇の地位は国民の総意に基づく」と書いてあるのだけども、貴女その意味わかる?あるいは、貴女の総意は天皇・・・どこに反映されてるのんだい?

今村有希

えぇ(笑)・・・総意・・・何のことなんでしょうか(苦笑)

澤村修治

確かに、「国民の総意」というのはまず、『国民』という言葉がわかりづらいですよね。

今村有希

はい。

澤村修治

よく政治家の皆さんがまぁ「国民が怒ってるよ」とか、「そんなことをやったら国民の為にならないよ」というのは割と軽く口にしますけども、でも考えてみれば西部先生、あるいは今村さん、あるいは澤村の意見というのがあっても、国民全体の意見なんてどうして分かるのかよと、いうふうに考えますね。

今村有希

はい。

澤村修治

やはり曖昧な、それを出すとすごく立派に見えても、実際は何なのかというと、(「国民」とは)難しい言葉であるのは間違いない。


当然これはあるよね。『国民』、これは先週も言ったのだけど、National People(ナショナル・ピープル)ですから、nation(ネイション)、国というのは『歴史』を持つでしょう。

今村有希

はい。


そしたらさ、“国民というのは死んだ人(先人)も何程かは入る”わけさ。まぁだいたい墓に入ってますけどね。

澤村修治

そうですね。


つまり『遺した意見』ね、それが何程か(現存する)我々に伝わっているわけ。何程かどころか我々はね、この日本が発明したんじゃないんですよ、これね、我々のお父ちゃん、お母ちゃん、お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、曾祖父さん・・・言葉こそはね、先祖から伝えられてきたものに若干の今風の修正を施しただけでしょう。そしたら意志は言葉によって表明されるわけですから、国民の総意というこの場合の国民は、言って見れば、『歴史上の死んだ人も入れた“総国民”』という意味になるね。

[*「国民」とは先祖を含めた歴史上のすべての人々 ]

澤村修治

あぁ〜、本当に賛成ですし全く同意します。つまり、さっき「国民」という言葉の問題がありましたけども、「総意」というのも実はよく分からなくて、国民投票をして圧倒的多数を得たのが総意かというと、じゃあ反対したのは国民じゃないのか?!ということになってしまいますよね。

ですから、「国民」とか「総意」という言葉はいまの西部先生のような解釈でしか結局はあり得ないと思うんですね。つまり、“ある程度の時間をかけて、まぁ大方がそれでいいと認めたもの”と。となると、やはり『時間性』のあるもの『歴史性』のあるものであるというそういうふうに考えないといけないと思いますね。


要するにあれでしょうね、国民の総意というのは、『日本の伝統精神』ぐらいの意味なんですよね。だから、【天皇の地位は日本の伝統精神に基づく】と書けばね、誰も何の問題も無いわけさ。

[*国民の総意とは、日本の伝統精神のこと ]

澤村修治

仰る通りですね。『天皇』という制度というのは少なくとも大和朝廷の時から続いていますよね。近代の法律なんて、まだたかだか150年ですから、まぁ2回の法律にかかりましたけども、それよりも(遥かに)長く続いているわけですよ。それを法律に書くということ自体がおかしな事なのかもしれませんが、まさにその『伝統ということが天皇である』というふうに理解するしかないと思いますね。


せっかく、澤村さんはそういうふうに仰って、俺も賛成なんだけど、実は【三島由紀夫】さんのような、もう亡くなりましたけども、【江藤淳】さんのような、亡くなりましたけども、(彼らのような)優秀な小説家、文芸評論家ですらかつてね、第1条は「国民の総意に基づく」と、それに対して今度は第2条というのがあって、それはね、「天皇の地位は世襲だ」って書いてある。

澤村修治

えぇ。


(「天皇の地位は世襲」は)“これは国民の総意を無視しているじゃないか?”と。『1条と2条の間に大矛盾あり!!』というふうに、

澤村修治

言ってましたね(笑)


その文芸方面の方が言ったことあったの。まだそれ残っている。

澤村修治

確かに理屈だけ考えると、国民主権とぶつかるんですよ。

今村有希

はい。

澤村修治

だって国民が皇位を決めるんじゃなくて、DNAが決めるわけですよね。それじゃあなんで国民主権を謳っているんだと。


でもね、国民の総意を『伝統の精神』と考えると・・・

澤村修治

そうです。


あるいは、国民主権も『伝統精神の遺した考え』だとかんがえれば、【皇位天皇地位は世襲制だというのも伝統精神】なんだから。

澤村修治

そうです。


何の矛盾も本当は無いんですよね。

[*天皇世襲も日本の伝統精神に基づく ]

澤村修治

つまり、天皇陛下っていまポツンとひとりいるんじゃなくて、『過去の連綿とした流れを受けた存在としている』んだと。まぁ天皇という存在はそういうふうに見ようじゃないかということなんですよ。

で、「世襲」というのは要するに『血の伝承』ですよね。というものがあって、もう一つに『家の伝承』というものがある。やっぱり“続いているということを具体的に理解しやすい”んですね。古くからの継続という点では、皆が素直に腑に落ちる、それが世襲ということなのかなと思ってます。

今村有希

はい。


ところで今村さんさ、

今村有希

はい。


天皇のことを英語では何と言うと思う?(板書した「emperor」を指しながら)エンペラーだと思う?

今村有希

はい(笑)


普通はそういうふうに言われてるのよ。

今村有希

エンペラーだと王様になっちゃいますか?


「皇帝」

今村有希

皇帝。


でもね、外国人は今尚、天皇のことを「Japanese Emperor」と言ってるの。それは間違いなの!

今村有希

はい。


「emperor」の語源は、まぁ詳しいことは忘れたけども、imperative(インペラティブ)というのは「命令」という意味なんですけども、臣民に次々と具体的なことを命令する、命令に違反したら直ぐさま処刑する、例えばね。そういうのが「emperor」で、それをナポレオンでも何でも「皇帝」と言ってたわけさ。

今村有希

はい。


天皇はいつの間にやら、そういう政治的な命令権というものから外れて『文化的象徴』にどんどん近付いてったわけ。

澤村修治

うん。


だからね、天皇をエンペラー(emperor)と訳して、いまなお平然としているのよ?あれね、『天皇の訳語は英語には実は“ひとつもあり得ない”』の。

澤村修治

「TENNOU」といってますね。


うんだからね、ローマ字で「TENNOU」と書くしか無いんですよね。

澤村修治

つまりね「天皇」って先ほどの象徴というか、その世襲ということで『歴史的な存在』ということですが、なんでそうしておかなきゃいけないかと言うと、天皇って権力じゃなくて【権威】なんですよ。やっぱり深みが無いとだめなんですよね。そうじゃなきゃ尊いという感じが出てこなくなるわけですよ。

[*天皇が担うのは「権力」ではなく「権威」 ]

澤村修治

でなんでその「権力」じゃなくて「権威」というのを我々は持たなきゃいけないかと言うと、まぁ例えば、「歌会始(うたかいはじめ)」みたいな行事があって、これは安倍総理がやっても何となく様にならないわけですね。まぁ安倍さんには申し訳ないですけども。福祉施設の慰問というのも、厚生労働大臣がやるとなんかいかにも政治的な雰囲気が出てきてしまうんですよ。

今村有希

はい。

澤村修治

やっぱり天皇陛下、あるいは皇族の方々がやってはじめて様になると。で、俗な言い方をすると、格好が付くわけですね。それは、『天皇陛下天皇という存在、皇室というものが権力ではなく“権威”だから』と。この「権威を持つ」ということは良いことなんですよ。例えば、アメリカの大統領というのは権威と権力が一緒になっていますよね、やっぱりこれは大変なんですよ。こんなひとりの人に次から次へと求めるというのはやっぱりおかしなことなので、私は日本のやり方の方が遥かに自然かなというふうに考えています。


さてそこでね、時間も無いので、「天皇」条項の問題点は尽きたことにして、いよいよ第2章になるのかな、あのね、「第9条 戦争の放棄」という条項があるんですが、これがね、この70年、発布されてから68年か・・・『この日本社会を大混乱に陥らせている馬鹿野郎文章』なんですけど。

澤村修治

うん。9条の2項というのは、これは、本当は世界に類例のない、(西部)先生は“馬鹿野郎条項”って言いましたけども、アブノーマルですよ、以上!

今村有希

はい(笑)

澤村修治

【主権国家の本質に反しているわけ】ですね。これは『自衛権を否定している』わけなんで、まぁ分かりやすく言うと、正当防衛権も無いのかと。そんな生き物が果たしてこの世にいるのかね。


もっとそれで言うとこうなっている。(9条の)「第1項」はね、まぁ読み上げませんけども、「侵略戦争はしない」ということを、1928年に発行『パリ不戦条約』という一種のまぁ道徳的な約束事の文章、それに基づいて“international dispute(インターナショナル・ディスピュート)=国際紛争”ね。

澤村修治

そうですね。


これを直訳すると、国際的な激しい口喧嘩、それを解決するために武力を出すとaggression(アグレッション)=侵略である、それはしません!というまぁまぁ納得出来るのは第1項。問題は今言った第2項。
“前項の目的、つまり侵略戦争をしないという目的、を達する為、陸海空その他の戦力はこれを保持せず、国の交戦権はこれを認めない!”(という9条第2項)・・・ふざけるんじゃない!!!!!というね。

澤村修治

結局、なんで“この2項”というのを大事にして、今回の安保論議の時も「憲法があるからダメだ」というのを平気で言えるのかというと、いろんな憲法学者の学問的な論理があるんですが、私が見ると簡単で、「戦争はしません。やりたくない。」と。それは誰だってやりたくないですよ。それから、「自衛権は行使しません。でも今の豊かな生活はしたいんだ。」ということを言っているだけなんですよ。そんな虫のいいことがですよ、これまでいろんな“好条件”があって、冷戦下の様々な条件があって成立しましたけど、『これからは成立しない』んですね。そこを理解しないと、ずーっと守っていられる、このまま戦争しないで豊かな生活だけが出来るという形というのはよろしくないと思うんですよね。


つまり、第1項はね、世事になぞらえて言えば、男性たる者は女性をレイプしちゃいけません!と、まぁ正しいこと言ってるわけさ。第2項はね、レイプをしない!という目的のために、男性のいわゆる逸物は持ってはいけません!!それを使用することもいけません!!

澤村・今村

(西部のたとえに思わず苦笑)


それ言われて黙ってる、この1億2千万のうちの半分男なんですよ、6千万人の日本の男共はハッキリ申します・・・全てこの人達は英語で言うところの【インポテンツ(impotence)】です(笑)

今村有希

(ただただ苦笑w)

澤村修治

分かりやすい話で正にその通りで(笑)要するに“abnormal(アブノーマル)”っだってことですよ。アブノーマルなものを憲法に持って改正しないというのは、これは如何なものか。

結局、日本人というのはですね、明治憲法も含めて改正というのを一回もやったことが無いわけですよ。

今村有希

はい。

澤村修治

アメリカは前回の放送でありましたけども、まぁ7回やってますが、あれだって(賛成の)2/3以上ですよね。それに州議会の3/4以上、でもちゃんとやってるわけですよ、他の国もやってます。で、日本人だけが、明治憲法含めて改正というのをやっていなかった。で、出来たものを『物神化』してですね、崇め奉るようなことをやってきた。

[*明治憲法から一度も改正せず 論議をしない日本人 ]


そうそう。

澤村修治

で、明治憲法でどうなったかというと、いわゆる「統帥権の独立」というのが憲法を根拠に主張された。要するに、政治が軍をコントロール出来なくなったんですよ、それで国が滅びたわけです。憲法改正をすべき時にやらなくて国が滅びたという経験をしているんですよ!戦後また同じことを繰り返しているというね、本当にそれこそがabnormalだと思いますが、どうしてそれに気付かないのかという気がしますね。


しかもこれは日本語としてね、無論これはアメリカがつくったじゃなくて、この第2項はね、【芦田均】さんって人が付け加えた「修正条項」なんだけど、ただ時期がね、敗戦の翌年の2月から3月の初めでしょう、アメリカ人も日本人も大戦争が終わってホッとするしね、国を眺めたら全部が焦土と化していてですよ、なんかほとんど“頭が蒸発しているような状態”でハハハとつくりだされた文章だからね、彼らをこれ以上批判してもしょうがないんだ。

けれどもね、非常に不思議な文章で、むしろ逆に書くべきだったんですね。『侵略戦争をしないという目的を達する為に、どういう戦力をどの程度で持ってどういうふうに使用するかについては厳重な注意をしなければならない。』つまり、前項の目的に沿うようにね、侵略戦争をしないように、つまり【自衛に主として徹するために、戦力とか交戦をやりなさい!】というふうに書かなきゃいけなかったのね。

[*自衛戦争に値するための必要な戦力を持つ、とすべき ]

澤村修治

そうですね。


それをね、大混乱の中で頭も混乱しちゃってますからね、戦力はこれを保持せず、交戦はせず、とこうやっちゃったと。

澤村修治

そうですね。あのabnormalな2項があるっていうのでね、もう一つ問題なのは、つまりその安全保障に関する健全かつ必要な議論から、国民はどうしても逃げるんですよ。


そう。

今村有希

はい。

澤村修治

だって今なんで国会であぁいう議論をしなきゃいけなくなったかというと、中国が覇権的なことをやっているわけですよね。つまり、【私は戦争をしませんだけじゃ済まないような状況が身近にある】のにも関わらず、ちゃんと議論しなければいけなかった。そういう議論から逃げるわけです。(あの9条の2)項があるからと。これも非常に不健全でまさにアブノーマル。これはやめなきゃいけないですね。


しかもね、本当に変なのはね、これ最高裁その他が悪いんですけど、いわゆる自衛で「集団安全保障」と「個別安全保障」とあるでしょう。“そんなことは憲法に一行も無い”んですよ、それを、憲法解釈の第2項にこういう文章があるもんだから、それをいわゆる「平和主義的に理解して、なるべく戦力問題は、なるべく戦いの問題は遠ざけましょう、遠ざけましょう」という“気分”だけが、国民を共有してね、それ故ね、最高裁がどんな判決を下したかというと、要するに、集団安全保障権は持つけども、この憲法9条2項の、僕に言わせれば“気分”がもう満悦していますので、「“権利はあるんだけども、それは行使しないんだ”」などというね、もう実に曖昧なところに話を落ち着かせるというね、出鱈目至極なことを・・・

澤村修治

確かに。


しかもその辺りのオジさんオバさんがやっているんじゃないんですよ、“最高裁の判事たち”もが、そういう曖昧模糊たる気分の中で【戦後日本の似非秩序】をつくってきたわけですね。

[*日本中を覆ってしまった9条の平和的「気分」 ]

澤村修治

これまでそれでよかったということでね、だかやっぱりら人間って保守的というか守旧的なものですから、今言った特に、戦争なんか誰もしたく無いと、辛いことですけどね、それをしないで済むんだったらずっと続くもんだと思っているですよ。でも、そんなことは無いわけなんで、あの集団的防衛体制についてもですね、あのPKOに参加すること自体は悪いことじゃないと思うんですよ。

ただ、街の安全が損なわれる事態が起きた時にですね、町民のひとりとしてですよ、他の町民と一緒に戦うのは当然じゃないですか。ならず者を排除するってのは。当たり前のことを言ってるだけのことであって、なんでこれがそういう議論になるのか。やっぱり先ほど言ったように、健全な議論、その安全保障というのは具体的であり切迫的である場合もありますから、その【(安全保障についての)健全な議論をしなくなること自体がまた問題】かなというふうに思います。やっぱりこの(9条)2項というのはとにかく死文じゃなくて、文があると頼りますからもう【削除】ということだと思います。


削除だね。

[*健全な議論を阻む 9条第2項の削除を ]


国会を取り巻いているSEALDsってのがあって、

今村有希

はい。


あれはなんか自由民主主義のための学生緊急活動という意味らしいけど、あの青年たちね・・・僕はあんまり若者のことを馬鹿野郎って言うの好きじゃないんですけどね、小さな声で言う。

(SEALDsども)“バカ野郎!!”って。

つまりね、いま澤村さんが仰ったようにね、今度の安保法制改定そのものは何の問題も無いんですよ。一つはね「後方支援でダメならば、必要にして可能ならば前線まで行くこともあり得るべし」、当たり前ですよ!!

澤村修治

当たり前ですね。


「ぼくたちいつも後方にいまぁ〜す♪」って、

澤村修治

無理ですって(笑)


それは“卑怯者”っていう。

澤村修治

そりゃそうですね。


で、2番目ね。「人道支援ならいいけど、武力活動は嫌です」って言うのはね、そんな変なものなら人道支援もしちゃいけないわけですよ!ほっときゃいいわけ。

今村有希

はい。


でも支援する以上は正しいと思うから支援するんでしょう。そうなら必要にしてかつ可能ならば、武力を使うこともあり得べし。それを嫌だと言うのは、普通は“臆病者”というわけね。

3番目はですよ、みんなで「グローバル、グローバル」って言ってるんだから、何もアジアにだけ問題が起きるわけじゃない、日本と関連してヨーロッパでもアフリカでもいろんなことが起こるでしょう。

今村有希

はい。


そしたら遠くまで行くこともあり得べしという、「地球の反対側に行くことは嫌だ」って言って威張っているのは大きい声で言いたくないけど“バカ野郎!!”っていうんですよ。

澤村修治

いや本当にそうです、うん。


いい?ところが問題は、このいま言った何の問題も無い安保法制の、これが“日米安全保障”というね、“アメリカが相手”だってことですよ。アメリカがどんな国かをまず議論しなきゃならない。でもね、それを政治家に議論せい、というのはね、無理ですよ。共産党とかその他の野党は政権党じゃないから何でも言えるでしょうけど、与党はね、「アメリカって国はとんでもない侵略国ですよ!」って言ってごらんなさい。それは日米外交関係メチャクチャになっちゃうんですよ。

もう一つ大問題なのはね、こういう協定を結んだってね、アメリカがその協定を守る保証がどこにあるんですか?

澤村修治

うん。


「俺たちはヨーロッパで忙しいし、スラヴでもアラブでも戦争しかけてて忙しくて、とてもじゃないけど尖閣まで手が回らんわ、ほんのちょっとならいいよ」、という可能性が大いにあるわけさ。それじゃ約束違反だ!タダじゃ済まさないぞ!!って言えるためには【日本人にうんと力が無いといけない】わけさ。

澤村修治

仰る通りですね。


日本人の力とは何か。いろいろあるよ、文化力も外交力もあるけども、簡単に言えば、日本が立派に【軍事力】を持っていれば、アメリカだってね、あいつら(=日本)を裏切ると、あいつらを怒らすとちょっと問題だぜ、と。で、ヤツら(=アメリカ)は約束を守るわけさ。

国内でしたらね、僕が泥棒すると直ぐにお巡りがやってきて捕まえて、罰金とか刑罰が科されるわけ。国際社会には世界政府が無いわけ、ほんの僅かしか。国際刑事法ってのありますけどね。

澤村修治

ええ。集団安全保障というのは義務じゃなくて『権利』なんですね。


そう。

澤村修治

つまり、自分たちで決めればいいわけです。でもいま(西部)先生が仰ったように、今の日米関係の中ではなかなか決めるっていうのは出来ない。ただ、独立して自分で安全保障体制をつくれば、友達同士ですから友達が本当に困ったら助ければいいんです。我々は関係無いですよ、それはそちらのことでしょう、と断ることも出来る。

やっぱりその『健全な関係』の為には、いま先生が仰ったような形が必要です。それも辛い事ですよ、自分たちで武力を持つってのは。でもその辛い事からやはり逃げてきたってのはね、もうそろそろ本当に考えなきゃいけないかなっていうふうに思います。


安倍総理に問題があるとしたらね、というか日本人に問題があるとしたら、ある大前提で、、

「今時、自国を自力だけで守ることは不可能です!」・・・本当は嘘でしょう?

澤村修治

うん。


アメリカは自力で自分の国を守っている。中国も、ロシアもみんなそうでしょう。いい?簡単に言うとね、自力だけで守り辛いけども、どこか誰も助けてくれなければ・・・あえて文学的というか、浪花節的に言えば・・・【「滅びを覚悟で戦ってみせるぞ!!」】というそういう国民ならば助けも来得るわけ。

澤村修治

その通りですね。


最初からね、「どっかの強い国、助けて下さいよ」って言ってるような国はね、ハッキリと申しますが、誰も助けてくれないの。

今村有希

・・・助けてくれない(笑)

澤村修治

自分で(防衛を)やれるからこそみんなが助けてくれるわけなんだから、もうそれは当然だと思うんですけど、当然がなんで分からないのかなってことですね。

さっきSEALDsのことで(西部)先生がちょっと仰って、私が彼らの主張には賛同しませんけども、若者が元気だってことはいい事だと思うんですよ。ただね、あの彼らのやってる事は主張とかそれよりも、歌をうたったり、あぁいう大衆迎合をやってるようじゃ長続きしないと思うんですね。

あのべ平連(※ベトナムに平和を!市民連合)とかですね、60年安保、70年安保の方がですね、よっぽど根性があったと思うんですよ。やっぱり、反体制運動やるのはいいけど、根性を持ってやって長続きしないと、「何だあの人たちは?」と後になって必ず言われます。


政治ってのは恐ろしいもので、軍事はもっと恐ろしくて、本当に今村さんは女性に生まれてよかった。爆弾が落ちてこない限りね、女性はね、やっぱり死に場所に自らすすんで行かなくていいと、そういうお立場なんですがね。

今村有希

はい。


男はね、厄介なのは、男は威張っているように見えるのは、“ギリギリ危ないところに俺は行ってみせる!”と。だからね、女も男という役に立たない代物、ご飯も炊けない、掃除も出来ない、何にも出来ない、もっと言うと会社で計算も出来ないような男共がね、何とか会社で威張っているのは、実はね、『男は危ない場面には俺たちが行って責任取るからな!』と言ってるから、女たちが許してくれてるわけさ。日本の女たちはみんな男を馬鹿にしていますからね。

今村有希

(笑)


僕は日本の女たちにもっとお願いしたい。

『日本のこの情けない、危ない場所には行かないと叫んで70年の日本の男性という、この恐ろしき男性にあるまじき男性たちを、もっともっと馬鹿にしていただきたい!』ですね。

今村有希

ウフフ(笑)

澤村修治

あの、なんで西部先生がなんで女の人にモテるのかよく分かりました(笑)


何を言ってる(笑)

今村有希

(笑)


澤村さんゴメンなさい、短い時間で。

澤村修治

とんでもございません、ありがとうございました、楽しかったです。

今村有希

ありがとうございました。

【次回】憲法改正論点総浚い③ ゲスト 東谷暁(ジャーナリスト)
「国民の権利義務」はアメリカ流に解釈するな