「なぜいま『武蔵無常』を論じるのか」③ ゲスト:藤沢周、黒鉄ヒロシ 〜西部邁ゼミナール〜

「なぜいま『武蔵無常』を論じるのか」③ ゲスト:藤沢周黒鉄ヒロシ西部邁ゼミナール〜

ゲスト:
藤沢周 作家 法政大学教授 、図書新聞の編集者などを経て作家デビュー「ブエノスアイレス午前零時」で芥川賞受賞、【近著】『武蔵無常』(河出書房新社

黒鉄ヒロシ 漫画家、隔月刊誌「表現者」の表紙を手がける、【著書】『刀譚剣記』(PHP研究所)ほか多数

西部邁ゼミナール)「なぜいま『武蔵無常』を論じるのか」【3】2016.04.30


今村有希
今回は「なぜいま『武蔵無常』を論じるのか」の最終回です。ゲストは漫画家の黒鉄ヒロシ先生と作家で法政大学教授の藤沢周先生にお越し頂いています。藤沢先生の上梓された『武蔵無常』を題材にしつつ論じて頂いております。それでは早速お話を伺いたく、宜しくお願い致します。

三週目宜しくお願いします。

宜しくお願いします。

今村さんに質問するのは仏教の用語ですが、

今村有希
(驚きながら)はい。

仏教用語大乗仏教の方だと思うんだけどね、『阿頼耶識』(あらやしき)って言葉、聴いたことある?

[*「阿頼耶識大乗仏教を支える根本思想、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・未那識の奥にある根本心 ]

今村有希
あらやしき・・・(口あんぐりで)無いです。

サンスクリット語、インド人のね。あれヨーロッパ語とおんなじで、「耶識」がよく分からないんだけど、これ「阿頼」というのは“場所”って意味ですよね?

(うん)

だから、英語で言えば、あのサンスクリットとヨーロッパ語というのは語源の語源は同じですから、たぶん「area(エリア)」とおんなじなんでしょうね、「場」っての。

今村有希
エリア・・・。

こちら(耶識)の方は「意識」という意味ですけども、『意識の発生する根源的な場』・・・それを見極めようという。

[*阿頼=場所、耶識=意識、「阿頼耶識」(=心の深層部) ]

今村有希
はい。

武蔵は「剣」を通じてそういう哲学を演じていたのだという、そんな性格もちょっと言えますよね、御本はね。

[*意識の発生する根源的な場、見極めようとする武蔵の哲学 ]

はい。『無の場所』に辿り着こうとしたと言うんですかね。

うん。

だから、「空を道とする」と、空無の「空」ですね、空を道とする・・・すごいフレーズだなぁと思って。

うん。

いわゆる「悟り」ですよね。だから、彼は晩年その境地に辿り着いたわけですけども、それまでの足掻きとか七転八倒とかもがき、まぁそこが僕は魅力的だなぁと思うんですけども、うん。

と同時にね、そんなものに突き進むとですよ、「悟り」に行く場合もあるけどね、そんな人間なんか簡単に悟れませんから、「滅亡」・・・まぁ「滅」にしておきますけど、滅亡に至る場合もあるわけですね。

[*人間は簡単に悟りを得られず「滅亡」に至ることも ]

あると思います。

理由無き殺人。家庭内でも街角でもいいけどね、そういうのは滅亡の方ですよね。「阿頼耶識」に達したいと思って、しかし、滅亡してしまったと。

黒鉄・今村
うん。

悟りなんていうものはなかなか難しいと。

難しいですねぇ・・・

黒鉄先生、どうします、このままでは?(笑)

「悟る」ってのは無理なんじゃないですか?(笑)

今村有希
(笑)

ワハハハハ(笑)

言語で考えている限りは絶対に無理ですよね、言語を棄てないと。で棄てた途端に人でなくなると。武蔵もえらい苦労したんだろうなぁと。行っては戻り、行っては戻り、円環運動ですかね。

うん。

1ヶ月前の「武蔵の手紙」というのがあって、

はい。

でこれ、私は兵法の狂気のようなものであったと、後年は手もちょっと動かなくなってなんだったんだ・・・みたいな。いやまぁ、本物だとすればですよ。

[*武蔵が亡くなる一ヶ月前に遺したという手紙 ]

亡くなる前ですね、はい。

はい。一ヶ月ぐらい前の手紙とされてるんですけどね。そんなことやらなくても分かってるじゃないかというね(笑)でもその「武蔵の道程」こそが正解であって、結末はどうでもいいことですね。

あぁ〜道程ね。

武蔵ほどセンスが良くて頭が良ければ、それぐらいのこと分かってたハズなんで、自己確認なのか、やはりあの阿頼耶識なるものには到達出来ないよ、という遺言なのか、後は頼むと言ったのか、そこのところは分からないですけどね。

[*武蔵の結末より「道程」 手紙は自己確認か遺言か ]

はい。あの「矛盾を抱え込む」というんですかね、そのあり方は僕は魅力を覚えてまして、彼はその「空を道とする」というようなそういうフレーズ、あぁ〜なんか仏教臭いなぁとか思って(笑)、いわゆる悟りかとか思うんですけど、その手前でもがいている武蔵の方が僕はまぁ魅力的だと思うし、そこでひょっとしたら武蔵って、そこで自分で自分の命を無くすというんですか、自殺してもおかしくないくらいのところに居たと思うんですよ。

[*空を道とし、道を空と見る、矛盾を抱え込む武蔵 ]

うん。

そんなことをやったら武士(モノノフ)というか、侍としてはいかんので、とにかく言葉によって自分を保つというんですかね。だからあの『獨行道』とかわりとキレイなフレーズというんですか、

うん。

ちょっと道徳的な言葉が並んでいて、あれこれ武蔵なのかなぁ・・・なんて思うことがありましたけど、うん。

「獨行道」のその最後に、「神仏は貴し、しかし神仏は頼まず」という、

[*神仏は貴し、神仏は頼まず「獨行道」(宮本武蔵) ]

頼まず、はい。

じゃあ、あなたの「貴い」と思うその気分はどこから出るのだと、

あぁ〜。

で、「頼まん」というんだったら神仏なんか触れなきゃいいじゃないかという(笑)

そういうことですよね。

という「矛盾」を含みながら、これはしょうがないんですけどね。あの〜そこがチャーミングなんですよ。

うん。

武蔵の全部ストリップしているところが永遠に人気のある所以だろうと思いますけどね。

(大きく頷く)

僕ね、もう次に発する言葉に窮したんで・・・ルール違反ですけど、ちょっと煙草を吸いたいんですけど・・・

煙草ですか、どうぞ(笑)

ちょっとライターを貸していただけませんか?言葉に窮したんで(笑)

今村有希
アハハハハ(笑)

(ライターを貸す。笑)先生だけに罪を負わせるわけにはいかないので、じゃあ共犯ということで。(自分も吸いだす)

(煙を燻らせながら)お二人の気持ちは全部分かるんだけども、先ほど黒鉄さんがそこに至る道程、道筋のことを言いましたよね。

はい。

普通そこで、人生という「時間」がありますでしょう。したら、その「道程」の中で「経験」と言われるものがありますよね。経験というのは繰り返しを中心にしますよね。その辺りのことをね、藤沢先生の場合は「緊張のギリギリのところで生きた人」というけども、本当はこの“ギリギリ”に行く道筋で経験が蓄積されちゃいますでしょう?

[*人生という時間がある、「道程」の中で生まれる経験 ]

はい。

でぼく前回はなんか乱暴に「日常性」か、ポンっと言っちゃったけども、人間一般論として、どうなるんでしょうね、そういう「滅亡」に至るか、或いはね、「悟り」なんて不可能なんだけども、近づくかというね、道筋が分かれる時に、左を選ばずに右を選ぶと。

今村有希
はい。

[*滅亡に至るか悟りに近づくか、道筋が分かれる時の選択 ]

左を選んだら、何かとんでもないことが起こるというのは、まぁいろんなことがありますけどね、『阿頼耶識』を支えるもの、ここで言ってる「阿頼」=「場」ですね。

これは言葉を変えれば、経験の蓄積と言っちゃダメなんですか?

経験を積んで、自分なりに獲得していくんでしょうけど、究極的には僕は『死』に対するスタンスをどういうふうに獲得するか、

それか、うん。

ということだと思うんですけど、特に現代はもう『死』を忘れさせるようにというふうに動いているじゃないですか。

今村有希
はい。

ということは、結局、モノの価値とか幸福とか、幸せとは何かというふうな、もうそういう思考が鈍麻してくというんですかね、鈍くなってくという。やっぱり、ここで騙されちゃいかんだろうと思うんですね。

[*価値や幸福への思考が鈍麻、死に対するスタンスの獲得 ]

あぁ〜それですね。僕ね、分かった。

今村有希
はい。

うん・・・55歳の時だから今から22年も前か・・・ちゃちな本なんですけどね、死について、どういう死に方を自分は選ぶかと、それは結論はどうでもいいんですけどね、それについてある程度、自分として考えが限界まで来た時にね、すごい落ち着きを感じたんですよ。

[*どういう死に方を選ぶか「死生論」西部邁 1994年 ]

(頷く)

随分、長い間にいろんな事情があって忘れてたんですけどね、最近また考えたり、実行の準備もしていましてね・・・これ言うと法律に引っかかりますんで公開はしませんけどね。

一同
(笑)

やっぱりね、何かこの場合は簡単に言うと『死に方』ですか、それと『経験論』とくっ付けて言うと、死に方について繰り返し繰り返しね、見たり聞いたりでもいいんですよ、自分の感覚・思考も含めてね。僕はあんまり「道」なんて言葉は嫌いだけども、道といえば道と言えるようなもんかなぁ・・・。

葉隠』って山本常朝の、

えぇ。

『武士道と云うは死ぬことと見つけたり』というふうな言葉がありますけども、あれは究極の武士としての言葉だと思うんですけど、

[*「葉隠」江戸中期 山本常朝(佐賀藩士) ]

うん。

あぁいう言葉が生まれるってことは、もう非常に死に対する恐怖感とか、様々な矛盾を引きつけながらどうやって生きていくかとか、いろいろ悩んだ末に出てきた一行だと思うんですよね。きっと斬られるみたいな時代ですから、余計に死が身近にあったのかもしれませんけど。

三島由紀夫にあの『葉隠入門』というカッパ・ブックス(※現在は休刊)かなんかな、

あ〜あ、ありますね。

ただ、あれ読んだ時に、もちろん三島が死ぬ前に読んだんですけどね、ちょっと引用の回で打たれたのは、そこをまず引用するんですよ、『武士道とは云うは死ぬ事と見つけたり』

[*「武士道とは云うは死ぬ事と見つけたり」『葉隠』山本常朝 ]

それから随分ページをめくるんですけど、三島がめくった後ね、急に常朝が、『人生誠にわずかの事なり』短いと。『好いた事をして暮らすべきなり』と(笑)

[*「人生は誠にわずかの事なり、好いた事をして暮らすべきなり」 ]

あぁ、えぇ(笑)

黒鉄・今村
(笑)

好きな事をやって暮らせばいいんだと。明晰と言われてる三島もね、はたと戸惑って、「矛盾である」と。「葉隠はこの矛盾があるから面白い!!」で終わっちゃうんですよ(笑)

[*矛盾がありうから面白いと葉隠に戸惑う三島由紀夫

ハハハハハ(笑)

黒鉄・今村
(笑)

僕ね、偉大な支持者に失礼なんだけどね、矛盾があるから面白いで終わられたんじゃねぇ、読者としては困ると。

ハイ(笑)

好きな事って沢山ありますでしょう、タバコを吸うのが好きだとか、酒とか、でもね、もしも最も好きな事がどういう状況で、どういう理由で死ぬかというね。それこそ『道筋』を自分がこうかなり明確にすること最も面白くて、それが一番好きな事だと考えるとね、

今村有希
はい。

「好いた事をして暮らすべきなり」というのと、「死ぬべきなり」というのは矛盾が少なくとも縮まるわけさ。

[*死の道筋を明確する事が最も面白く一番好きだと考える 「好いた事を・・・」「死ぬ事と・・・」との矛盾が縮まる ]

うん。

ところが、厄介なことが起こるのは、その死に方で、俺にあった死に方、それを見つけるのに時間が掛かる。

[*自分にあった死に方を見つけるには時間がかかる ]

そうですねぇ。

宮本武蔵は何歳で死んだんでしたっけ?

え〜50幾つですかねぇ・・・6か7・・・

[*生まれ年は定かではないが、一応1584年?から1645年に死んだと言われている ]

そうですよね?

あぁそうか、今で言えばもう70ですよね。今風で言えば、僕はもう70は越えちゃったからもうダメなんだけど、黒鉄さんはちょうど70。

(軽く頷きつつ)もうダメなんです(笑)

今村有希
(笑)

ダメなんだ(笑)

いやいやいや(笑)

要するにね、70年が床ですよ。あれやこれや思いを巡らさないとね、自分で「うん、これでいいんだ」と、うん・・・という死に方ね。見つかったような気が・・・まぁ時間がかかるということ。

一同
うん。

武蔵の場合はどうだったんですか、その辺は?

(黒鉄を見て)どうだったんですかねぇ?

(笑)

ただ(死ぬ)1ヶ月前に書かれたその手紙のお話を伺うと、あぁどうだったんだろうなぁと(笑)

どうだったんだろうと(笑)

「我ことにおいて後悔せず」なんて言いつつ後悔ばっかりしてたと(笑)

後悔ばっかりね(笑)

だいたい、実際に後悔しない人だと、あぁいう文章遺しませんよね。「我ことにおいて後悔せず」なんてまず出て来ないでしょうね、きっと。

正直な人ですよね。

えぇ。

堂々と弱音も吐いてるという気配だし。

はい。

(西部)先生がさっき仰った「狂気」にも2つあって、「武蔵はその正常な精神状態でその狂気のところに入った」んですよね。ところが、先週言いました、(秋葉原無差別事件の)加藤何某みたいな狂気の方、あれはなんかよく酔っ払いが暴力振るったりする時に、(オツムを指して)だいぶ記憶喪失が出て、「気が付いたらこんなことやってました、どうもすいません」という、あれ発作に近いですよね。

あぁ〜

あれはチャーミングじゃないわけで、確信の上に確信犯が死を選ぶ物語の時に、僕らは感動するというか、感情移入して楽しめるエンターテイメントになるんですけど、

[*確信の上に死を選ぶ物語に感情移入し感動を楽しめる ]

(頷く)

武蔵もそっちのラインで行こうとして、その1ヶ月前の手紙が本物だとすると、「ちょっと失敗したなぁ、もっとあっちもしたかった、これもしたかった」という。

藤沢さんが仰ったように、要するに『死を見つめた人』と、『どういうふうに死んで見せるかについて深く感じ考えた人』とこう考えた時にね、ある納得に行くためには、武蔵は剣豪ということで有名になってますけども、恐らくね、そういう非常に総合的な、それこそ耶識(やしき)が無いとですね。

[*どういう風に死んで見せるか、深く感じ考えた武蔵 ]

つまり分かりやすく言うと、ご飯のこと、メシのことはどうしよう、友人はどうしよう、子供がいるとしたらだけど、子供に遺す財産はどうしよう、女はどうしようとか、まぁいろんなことを総合してようやっと(阿頼耶識に)なんか近く感じがありますでしょう。

(うん)

(黒鉄を見て)ゴメンなさい、僕はどうしても言葉で、言語でやっちゃうんでね(笑)

いやいやいや(笑)

武蔵の画についてはよく分からないけども、画を遺したり、五輪書もむかし読んでよく分からなかったけど言葉を遺す、そういうのは何か武蔵なりにいろんな事をね、単に剣だけじゃなくてね、剣に関わるいろんな人間のそれこそ『生=Life(ライフ)』ですよね。

一同
(頷く)

生そのものをなんかこう総合的に掴みたいというね、そういうことが半ば無意識にせよあったと解釈すると、僕は落ち着くという。

[*剣だけでなく五輪書水墨画、生そのものを掴もうとした武蔵 ]

一同
(大きく頷く)

うん、全くそう思います。

あぁそう?

はい。五輪書を読んでいて、まぁ確かにマニアックにその勝ち方、斬り方って書いてありますけども、メシを喰う事とか、まぁ人を愛する事・・・まぁ彼は愛を否定していますけども、邪魔なものだって否定していますけども、徹底的に合理的にと言いますけど、結構、そんなことはないんじゃないか、かなり感受性の襞(ひだ)というか、細かいなと文章から感じますよね、うん。

あぁ。なんでそんなね、自分の人生という時間をね、かけちゃうかとなると、やっぱりその感情の襞ね、しかも襞は(体内で)動きますからねぇ。

えぇ。

そんなものを見極めようとすると結構、時間がかかっちゃうというね。

[*人生という時間をかけた感受性の襞が繊細 ]

でも、この場合は「闘いの時代」ですからね、戦国時代の末期ですから、いま僕が言うような、時間がかかりますよ〜みたいな呑気な話じゃない。もう日々、(剣を構えるジェスチャーをして)こうですからね。今だって戦争の時代はそうでしょうね。

えぇ。

僕は別にイスラム教徒じゃないけど、ISのテロリストだってそんなゆっくり考えて時間がかかりますよなんて言ってたらねぇ(笑)・・・自爆なんか出来ないわけでさ。それは状況によるんですけどね。だから、武蔵らの時代は、あぁいうやり方しか無かったでしょうけども、そういうものを仄めかされているなって気がする。

だから、五輪書はもちろん武道をやってらっしゃる方はお読みになるとおもいますけども、僕は人生論、生き方としてやっぱりこう読めるわけじゃないですか。

あぁ。

いろんなことに応用が利くというか、

そういうことね。

はい。これちょっと弱さも覗いたりして、(黒鉄の方を向いて)ちょっとチャーミングである部分だとか、

(笑む)

なんか面白い書物だなと思いますね、五輪書は、はい。

[*人生論として応用が利く面白さがある五輪書

あぁ〜。英語でintegrity(インテグリティー)という好きな言葉があって、積分のことをインテグラル(integral)と言って、高校の時の(数学の)ね。あれ「総合する(動:integrate)」という意味なんだよね。ところが字引を引きましたら、第一義は「総合性」と書いてある。それで第ニ義が「一貫性」って書いてあるね。

[*integrity ①「総合性」 ②「一貫性」 ]

女の問題、酒の問題、剣の問題、全部ある種の「一貫性」、生き方としてね。

はい。

それで次の三番目に「持続性」と書いてあるんですよ。つまり、総合的なものを一貫させようとすると、何かこう持続、他の言葉で言えば「反復」でもいいんですけどね、いろんなものが出てくるでしょう。

[*総合的なものを一貫させようとすると持続が出てくる ]

それでね、僕のような勝手に「俺は保守だ」と名乗る人間にとっては非常に便利な言葉がその『インテグリティー(integrity)』なんですけどね。

でも、武蔵は戦国時代の末期だから、そんな簡単にインテグラル(integral)だなんてやってらんない時代だってことは分かるけども、やはりそういうふうに解釈することも出来ますよね。

はい。武蔵のインテグリティー(integrity)といったらもう「朝鍛夕練」という、朝鍛え夕方に寝るという、

[*武蔵のintegrityは「朝鍛夕練」 ]

あぁ〜。

これもう絶対なんですね。一貫性があったと思いますし、どんなことがあっても。

なるほど。

時代がちょっと、彼らの時代には適わなかったですよね。本当は戦国時代に生まれたかったんだろうと。

あぁ〜。

ちょいと遅れて。それで島原の乱まで生きますよね。

[*時代が適わず島原の乱。戦国に生まれたかったのでは ]

えぇ、そうですね。

時は1対1の闘いじゃないんで、総合になる。それでピストルまで出てくるんですよ、銃まで。

あぁ。

そうすると彼は、やっぱり(西部)先生のお嫌いですけどね、僕も嫌いですけど「道(どう)」というものに頼って。だから、彼はもし数学者でもいけたと思うんですよ。

なるほどね。

数学の世界って物理もそうですけど途轍もないところまで行きますでしょう。それで言語学者もそうですね、だいたいアナグラム行ったり、

はいはい。

戻ってこれないようなピーポーピーポーとなるんですが(笑)、武蔵も剣とその周辺を引き寄せて、そのラインを進んでったという。で後悔したというのが本当だとするなら、まぁそれも含めて武蔵の物語ですから、

えぇ。

鍛錬ったって、歳取ったらもはや筋肉が衰えるって分かりそうなもんなんで、武蔵は恐らく分かっていたと思うんですよね。だから、これは万人向きですねぇ、みんな後悔しますし、結論は、やってもやらなくても同じというのがいつの頃から分かるんですが、

そうか。

でもやらなきゃしょうがないというね。

今村さんために言うとね、

今村有希
(拝みながら)ハイッ(笑)

黒鉄先生が仰ったanagram(アナグラム)というのね、この場合のア(a)というのは「否定」ね。

今村有希
はい。

グラム(gram)というのは「グラマー(grammar)=文法」でしょう。anagramというのはその「文法を外れること」だから、言葉弄りですね。言葉を壊しちゃうんです。

[*anagram 言葉を弄り、言葉を壊す ]

今村有希
(頷く)

多くの言語学者がね、自分はgrammar(グラマー:文法)を発見したと。もっと深いグラマーを発見したと。もっともっと・・・と行くと、奥の奥にアナグラム(anagram)で(笑)

今村有希
(笑)

グラマーが崩壊する、それを待っているということを感じている。それがね、現代言語学の走りのソシュール(【フェルディナン・ド・ソシュール】 1857-1913、スイスの言語学者)という人がですね・・・小さい声で言いますがねぇ、

今村有希
ウフフフフ(笑)

やっぱり狂気の世界に入ったという感じがしましたね。

黒鉄・藤沢
(深く頷く)

こういうお話をお二人はしているんです。二人は相当にそれに近いところに行ってる。

(笑)

黒鉄
(苦笑)

僕は臆病だから、かなりその前で(笑)

今村有希
(笑)

視聴者の皆様、いろいろなグラマー、法則だの技術だのルールだのあると思って安穏にビジネスマン、サラリーマン、学者、評論家をやってるらしいが、この御本(『武蔵無常』)を読んで、生きるも死ぬも空恐ろしく分からぬもの・ことに対して、畏怖の念を払い給えと。

[*色々な法則、技術、ルールがあると安穏に、ビジネスマン、学者、評論家を務めるが・・・ ]

「矛盾」とか「停滞」って、僕ら焦ってどうしようとか思うんですけど、やっぱり武蔵は本当に矛盾を引き受けるし、停滞している時しか見えない風景というのがちゃんとこうキャッチしているという。いま現在生きている上でも、すごくこうヒントになる人だなぁと思いますね。

なるほど。分かりました、僕も・・・でも僕もなんか最近、本を読むことが出来なくなったから、じゃあ僕ももう一度読みますとも言えないのだけど、読んでみたいなぁ〜という強い願望を表現して(笑)

(笑)

ありがとうございました。

一同
ありがとうございました。

【次回】「現代若者論」選挙権・スマホ・会話 ① ゲスト:中森明夫(作家、評論家)